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哀歌 20 side凪
「俺ね…ママが死んじゃう少し前に、ママとパパの話を聞いちゃったの。ママはパパに、俺が死んでも他の人を愛さないでって言ってた。パパの番はママだけだからだって…俺、それを聞いた時にすごくショックだった。ママが死んでも、パパはずっと生きていかなきゃいけないのに。その先の人生を縛ることなんて出来ないのに…それが、Ωの性 なのかって…パパのことだけを思って、パパのためだけに生きてたママに、最後にそんなことを言わせるのがΩの性なら、自分も愛する人と別れる時にそんな身勝手なことを言ってしまうんだろうかって…その時、ママと同じΩである自分に絶望した」
ポツポツと、あの頃の気持ちを思い出しながら言葉を押し出していると、吹いていた風がピタリと止む。
怒ってる…?
ママのこと悪く言ったりして
「でも、ね…それは間違いだったって、気が付いた。伊織の…最期のあの言葉を聞いた時に」
声が、震えて。
涙が込み上げないように、ぐっとお腹に力を入れた。
「伊織に…僕のことは忘れてくれって…愛する人をみつけて、幸せになれって、そう言われて…すごくすごく、悲しかった。その時、ママがパパに残した言葉の意味が初めてわかったよ。パパとママは、運命の番で…パパはママがいないと生きていけなかった。だから、あの言葉でパパに、自分が死んだ後も生きていく理由を作ったんだよね。生きて、ママを愛し続けること。番の残す言葉の重さをわかってて、敢えてあの言葉を残したんだ。ママを愛することがパパの生きる意味だって、ママはわかってたから…」
それでも堪えきれなかった涙が、溢れる。
「だからっ…俺も言ってほしかったっ…忘れないでって…僕を愛し続けてくれって…!」
忘れられるわけない
この愛を手放すなんて出来ない
でも
番の最期の願いを叶えなきゃいけない
「苦しかったっ…ずっと、ずっとっ…忘れなきゃって…前を向かなきゃって…わかってても、出来なくて…苦しくて…いっそ死んじゃいたいって、何度も思った…でも、それすらも伊織は許してくれなかったよね…」
どうか生きてくれ
あなたが最期に願ったのはそれだったから
「…伊織は…俺のこと恨んでたんだって…思った。ママは、俺たちを産まなかったらもっと長く生きられたはずで…俺たちさえいなかったら、きっと今もパパの隣で、伊織にも笑ってたはずで…その幸せを奪った俺を憎んでたんだって、だからあんな言葉を俺に残したんだって…そう思った。俺が、苦しむように…」
溢れる涙を、ぐいっと袖口で拭った瞬間。
突然、鋭い風が頬を叩くように拭いた。
まるで伊織が怒ってるみたいに
「…うん…バカだよね、俺…」
わかってるよ
そうじゃなかったんだって
今ならわかる
「奏多に言われて…昨日、一晩中思い出してた…伊織と一緒に過ごした日々のこと…」
そうしてやっと気が付いたんだ
最期に俺の頬に手を当て
俺を見つめた眼差しが
亡くなる前にママがパパを見ていたそれと同じだったことに
「伊織は…ちゃんと俺のこと、愛してくれてた…ママの代わりじゃない、俺自身のこと…そう、自惚れても、いいよね…?」
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