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第5話 二次会

 もうそこからは、あっという間だった。  はまって。  ――先生っ。  夢中になって。  ――あっ、それ、気持ち、イッ。  溺れて。  ――イク。  人のほとんどいない学校。  夏休み。  ただ、先生としたキスの先をしたくて、したくて。毎日、どんな炎天下の日だって、雨だって、かまうことなく学校に出掛けていった。  ――志保。  最高に気持ちよかったんだ。  普段は俺のこと、相田って呼ぶのに。  毎朝、ウキウキしながら待ち望んでいる出欠席の時は相田なのに。  志保って、名前で呼んでもらえたこと。  学校の先生と、その生徒なのに、触れてもらえたこと。  してはいけないことを、してはならない場所でして貰えたこと。  気持ち良くてたまらない。  興奮しないわけがない。  先生は人気者だったからいつだって誰かが先生を捕まえてる。目立つ女子、長谷川だっけ? そのへんが勝ち誇ったように先生の隣を陣取ってたくらい。もちろん俺は話しかけたり捕まえたりなんてできるわけない。見てるだけ。  みんなの先生とキスをした。  みんなの先生と。  ――志保。  セックス、した。  ――あ、ぁっ、先生っ。  クラスメイトがいるところでは。  ――相田。ノート回収頼んでいいか?  そう言ってにこやかに笑うあの先生が。  教科準備室に二人っきりの今。  ――志保。脚、抱えて?  そう言って、しかめっつらをしてる。俺を見つめながら、興奮してくれてる。  嬉しくて、気持ち良くてたまらなかった。  何もかも初めてだった俺は、貪欲なくらい好きな人との行為に浸って、溺れて、ズブズブに沈んでいった。 「普段もレモンサワー?」 「……ぁー、どうだろ」 「?」 「普段飲まない」 「へぇ」 「飲み会とかがあれば、って感じ。適当に、なんでも」 「あはは、じゃあ酒強いんだ」 「そうなの?」 「適当に、なんでも、飲めるんなら強いよ」 「そうなんだ」 「けっこうさっきもハイペースで飲んでた」  夏休みの学校は廊下ではしゃぐ生徒もいない。来るのは勉強が好きで、塾や予備校の夏期講習だけじゃ足りないと勉強したがる生徒くらい。もしくは学校の夏期授業で十分なそもそも優秀な奴。補習じゃなくて、予習をメインにした先行授業だったから。 「見てたの? さっきもって」  だから、授業が終われば、みんな寄り道もせずに帰っていくだけ。 「…………見てたよ」  寄り道をしていくのは、俺だけ。  ――先生。  そそくさと、足早に、毎回、毎回、教科準備室へと。  ――授業お疲れ。今日は、数学?  先生に会いに行って。 「志保」 「!」 「もう酒飲めるんだなぁって」  先生に抱いてもらいに通っていた。 「見てたよ」  ね、知らないでしょ? 俺、人の気配のない廊下をスキップしそうな足取りで、いつも向かってたんだ。  先生のいる教科準備室に。  そして、扉をガラガラと、それこそ人の気配が全くしないと、慌ててしまうくらい大きく響く扉を慎重にできるだけ音を響かせないようにと気をつけながら開けて。  ――授業、聞いてたか? 志保。  先生が、俺のこと、相田じゃなくて、志保って、名前で呼んでくれることに、毎回飛び上がるほど喜んでたんだ。 「志保のこと」  先生が俺のことを志保って呼ぶ時は、セックスできる時、だったから。 「ずっと……見てた」  なんでもいいんだ。  ね、先生。 「ずっとって……」 「ずーっと、だよ」  俺、先生のこと好きで好きで仕方なかったんだ。だから、本当、なりふりなんて構ってられなくてさ。先生のこと少しでも独り占めできるんならそれでよかった。 「……何それ」 「明日、土曜は?」 「……え?」 「予定、ある?」 「……」  今も、そう。 「今日、帰らないといけない用事とか」 「……」  今も、先生に会えるからここに来た。先生に会ってさ、今、先生がどんなふうなのか、好きな人がいるとか恋人がいるとか、結婚してるとか、そんなとこまで考えつく余裕もなくさ。  先生、先生って、頭の中で呼び続けるばっかりで。 「…………ないよ」  先生に触れるんなら、他なんてどうでもよくなるんだ。 「じゃあさ。ないなら、もう少し、時間ある?」  そのくらい、好き。 「あるよ」  先生が指輪をしてたのに、俺に話しかけてくれた時にはなかった。それってさ。 「時間、ある。先生」  俺には、恋人か奥さん、そういう相手がいるってこと隠したいんでしょ? 隠したいってことは、独身なフリして俺と、セックス、したいってこと、でしょ? 「どっか行く? 先生」  そんなの最低じゃん。恋人いるのにって、普通思うのにさ。俺だって、そういうの最悪って思うし、わかってるのに。  先生だと無理なんだ。  やった。  そう思ってる。  先生と、また、って喜んでる。  ちょっとだけでもいいから、今だけなんだろうけど、それでもいいから。  先生のことが欲しいんだ。 「志保」  胸が弾んだ。  まるで、あの時みたい。  夏季特別授業が終わって、先生がいる教科準備室まで大急ぎで向かって、先生がどこか行ってしまわないように、早く早くと扉を開けると、その慌ただしい音と一緒に飛び込んでいった俺に少しだけ目を丸くした。  少しだけ驚いた顔をしてから、俺の名前を呼んでくれる。  優しくて低い、あの時と同じ声が。  あの時よりもずっと賑やかなカウンターで鼓膜をくすぐって。  ね、先生。  レモンサワーってさ、お店によってけっこう味が違うの?  さっきは苦かったんだ。後味、皮、なのかな。飲むとなんだか苦く感じたのに。  今、早くここを出られるようにって一気に飲んだレモンサワーは、喉奥がピリピリするくらい刺激が強くて、けれど、爽やかで。 「会計、してくる」  美味しかったよ。

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