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第11話 優しい事後

 初めてしてもらった時、気を失ったんだ。  多分、ほんの一瞬だったと思う。  ――志保っ!  目を開けたら、心配そうな、必死の先生の顔か目の前にあって、すごい驚いたから。  汗で髪が濡れてて、ワイシャツ皺くちゃで。  あ。  そうだ、俺、今、先生と初えっちしたんだ。  なんて、その慌てた顔の先生と、教科準備室の天井って案外しみとかあるんだなって、見上げながら思ったんだ。 「……志保」  目を開けたら、あの時よりも薄暗い部屋で、先生があの時とは違う優しい顔で俺のことを見つめてた。  目を覚ました俺に笑って、まだ余韻が残ってる熱い指先で頬を撫でてから、汗で張り付いてた前髪を掻き分けた。  恥ずかしいんだけど。  俺、あんま額出さないから。でこ、全開とかされるとさ。 「……平気?」  落ち着いた声。  昔もこの声がたまらなく好きだった。同級生の騒がしく、大はしゃぎな声と全然違う声。 「……うん」 「あの時、初めての時も気失ったんだ」  先生、覚えててくれたんだ。  今、俺も、その時のこと思い出してたよ。表情も、焦りながら俺を呼ぶ声も鮮やかなくらいにちゃんと覚えてる。 「夢中になりすぎたって、かなり慌てた」  そうなの?  っていうかさ、俺に夢中になってくれたの?  ね、今、夢中にって……言った、よね。 「目開けて、俺を見て真っ赤になりながら、汗で前髪が額にくっついたまま、ふにゃって笑った志保が可愛かった」  だから、今、前髪を……けど、もう、その頃の可愛いさなんて、皆無でしょ。ふにゃって笑ったところで。 「今は……綺麗だな」  ちっとも可愛いなくてさ。 「はっ? はぁっ? な、に言ってんの?」  綺麗? なわけない。何マジで言って。はぁっ? 「っぷ、あはは」  そこで先生が大笑いした。  笑って。  大笑いまでしなくてもいいじゃんってへの字に曲がった俺の唇にキスをした。 「やっぱり可愛いな」 「! な、ないっ」  可愛いわけが。 「あるよ」  ないでしょ。つうか、先生、視力大丈夫? 見えてる? メガネしたほうがいいんじゃない? 俺を見て綺麗も可愛いも、どこにあるんだよ。 「さて」  ちょっ、話し変えるな。 「シャワー浴びよう。志保のここ」 「? っ、ン」  思わず甘い声が零れたのは。 「志保のでドロドロだから」 「っ、はっ、ぁ」 「気持ちよかった?」  そりゃ、ね。  すごく気持ち良かったに決まってるじゃん。っていうか、ひどいね、俺の裸。ぐちゃぐちゃじゃん。こんなにイったんだって自分でも驚くくらい。胸にまで飛んでるし。  先生の熱い指先がイッて自分の精液でドロドロに濡れた薄い下腹部を撫でてくれる。ただ撫でられるだけでも、派手に精液を飛び散らすくらいセックスに悦がった肌はひどく敏感で、すぐに触れ合いを快楽混じりの愛撫に置き換えてしまう。 「おいで、志保」 「!」  さっとティッシュで飛び散った精液を拭いてくれて、そのままくしゃくしゃになったバスローブでぎゅっと包まれた。 「抱っこは……」 「! い、いいっ! いいからっ! マジでっ、歩ける!」  昔なら軽々抱えられただろうけど、その当時の小さな俺はもう面影すらない。抱きかかえて欲しいなんてないからと慌てて立ち上がった。  可愛くないのも。  綺麗じゃないのも。  自覚してる。  だから、別に――。 「じゃあ、ほら」 「……」  だから、別に、手なんて。 「……腰、痛くない?」  手なんて繋がなくたって。 「……初めてだな」 「?」 「手、繋いだの」 「……」  ね。  ヤバい。  今の、心臓跳ねた。 「にしても、背いくつになった?」  手をそっと取らなくても折れないよ。昔の俺じゃないんだから。  なのに、優しく手を握ってる。  なのに、優しく手を握りながら、笑ってる。  ――いらっしゃい。すごいな、今日は暑いから。お茶飲むか?  夏季授業が終わって、先生のいる準備室に飛び込んだ時みたいに笑ってる。 「背?」 「ほぼ俺と変わらないだろ。少し低いくらい? 百七十……」 「六、だよ」 「へぇ、成長したな」  したくなかったし。俺は、あの頃のままがよかった。 「そんな顔しなくても、もう少し伸びるかもしれないだろ」  いいよ。  残念だから不服な顔したんじゃないよ。  背伸びたくなくて、そんな顔したんだ。  筋肉だってそう。別にトレーニングしてるわけじゃないのに。勝手に筋肉がくっついてく。俺はあの頃のままでいたかったのに。  先生が抱き締めてくれるとすっぽり隠れることができるあのサイズのままでいたかったのに。  なのに、先生が、今の俺に笑って慰めてくれる。  俺は先生にとって抱き心地の良い身体でいたかった。 「それに」 「?」 「この方がキスしやすい」  背が低くて、華奢で、あの時は背の順で並ぶのなら前から数えていくつめだったっけ。そのくらい小さかったから、先生がキスをしてくれる時は、背中を丸めないといけなかった。  今は、目の高さがほとんど変わらない。 「……」  だから、先生は背中を丸めることなく、屈むことなく、目の前にいる俺にキスができる。  こうして、少し首を傾げてしまえば、簡単に。 「やっぱり……」 「?」 「可愛いな」 「!」  どこがだよって、飛び上がった。ぐちゃぐちゃになったバスローブに包まりながら、そのバスローブの合わせ目を片手で握り占めて、もう片方の手は先生に掴まってる。肩も、首も、しっかり男で、顔だって、あの頃のフニャッとした頬じゃないし。  だから、その。 「……可愛い」  その。 「……」  なのに、歩いて数歩の、すぐそこにあるバスルームにさえなかなか辿り着けないくらい、わずかに首を傾げた先生が何度もキスをするから、一言も、何も言えずにいた。  そして、ホテルの一室に優しい、甘いキスの音と先生の笑った声が、少し響いた。

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