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第13話 余韻

 日曜日のお昼近くの電車はどこかに出掛けるんだろう家族とか友達同士とかで賑やかだった。  ホテルのチェックアウト前に、身体が大丈夫なら朝飯食べようって、ホテルの中にあるカフェに行った。  窓際の席で、一緒に朝食を食べた。  先生は卵サンドのセット。  俺はベーコンとソーセージのサンドセット。  食べ盛りって笑われて、少し気恥ずかしかった。  食べながら、ずっと話してた。  先生は今も同じ高校で英語教えてるって。けど、そろそろ赴任先が変わるかもなって言ってた。  大学がどの辺にあるのか、とか。  どこに住んでるのか、とか。  じゃあ、待ち合わせするなら、ここかな、とか。  そう言って、俺と先生の住んでるところのちょうど真ん中くらいの駅を教えてくれた。 「…………」  ――じゃあ、付き合おうか。  だって。 「っっっっ、はぁぁぁ……」  思わず、休日の電車の中で零れたでかい溜め息に、隣に座っていた年配の人が怪訝な顔をして、ちらり、とこっちを伺った。  ヤバ。  ぺこり、と小さく、さりげなく、頭を下げて、さりげなく、窓の外を眺めるように視線を遠くにやった。  けどさ。  でも、ヤバってなるじゃん。  ――付き合おう。  って、言われたら。  付き合うんだってさ。  俺と先生。  先生と、だって。  ヤバ。  どうしよう。 「……」  ホント。  電車の中なのに、怪しいくらいに、顔がニヤけて仕方ないんだけど。  ねぇ、マジで。  あぁ、もう。  自宅アパートは駅から歩いてちょっとある。二十分。まぁまぁダルい距離。この辺、家賃高くて。親が家賃と学費は出すって言ってくれたから、なんか、申し訳なくて、できるだけ家賃は安いとこにしようと思った。  母親は転勤族な父親のところに引越しして、今、二人暮し。  そっちもまぁまぁでかい都市だったし、面白そうな学部もあったけど、大学をそこで選ばなかった。  選んだのは……親に不自然がられない程度には元の高校に近い大学。  もちろん、偶然そこに行きたい大学があったから、じゃない。  単純に「先生の近く」をさりげなく選んだだけ。  だから、家賃と学費を出してもらうのが気が引けて、せめて家賃だけでも安いとこって思ったんだ。  モデルをバイトでしてるから、ある程度は自分で払ってる。バイトがモデルっていうのもおかしいかもしれないけど、ホント、バイトって感じのモデル。  スマホ代と雑費はもちろん自分持ちだけど。できたら食費も自分で支払いたいし、だから普通の時給バイトよりも稼げるモデルの仕事はラッキーだった。  もう一つ、モデルをやったのは理由があるけど。  遠くにいるよりは先生に会えるかもしれないっていう、雑念混じりの引越し。  だから、できるだけ世話にならないようにって。  先生に会いに行こう、とは思ってなかったよ。  可能なら忘れたほうがいいと思ってたくらい。  他に好きな人ができたり、恋人ができたら一番良いって思ってたし。  けど、先生の事が忘れられなかった。  っていうか、無理には忘れたくなかったんだ。  俺は、まだ全然、先生のことが好きだった。  未練どころか、ずっとただ先生に片想いしてた。 「!」  だからこうして先生のメッセージが俺のスマホに届くだけで嬉しくてたまらない。  ――もう帰宅した?  ――来週の土日どっちか空いてる? 「!」  そんな不毛で可能性ゼロなのに片付けられなかった片想いをしてたから、今の、この展開に、頭がついてかないんだけど。  昨日、この部屋出た時には、まだいつもどおりの片想い。  それが帰宅した今は叶った。  先生と、だなんてさ。  ――大丈夫。ちょっと確認してからだけど。わかったら連絡していい?  バイト、土日入れてた。  けど、多分、平日にズラさせてもらえると思う。撮影じゃなかったし、来週の週末のことだし、変更させてもらえる。  けど、とりあえず、確実じゃないから。  ――いいよ。予定あったなら、また来週にしよう。 「!」  慌てて、バイト。自由きくから、マジで。  そう返信した。  返信してから、焦りすぎ? 必死すぎた? とか色々考えて。  ――無理しなくていいからさ。俺はいつでもいいよ。  そんな、返事に。  ――予定空いてる週末を教えて。  胸が弾む。  ――うん。  先生って、こういうのスタンプとか使うのかな。使わなそう。大人だし。俺もこのまま……。 「!」  そこで先生からスタンプが届いた。こういうの使うんだ。 「ふはっ」  思わず笑っちゃったじゃん。なんかけっこうおどけたスタンプを使うから、一人の部屋で笑った。  そっか、って。  先生の、学校にいただけなら絶対に知ることのできない一面に、ふにゃりと口元が緩んでく。  デート、だ。  じゃあ、髪とか……流石に予約取れないか。時間もないし。そしたら、今日、別に身体が重いわけでもないから買い物しようかな。服、買いに。デート用にさ。時期的に中途半端な九月の終わり、あんま大した服持ってないし。持ってる服はガキっぽいかもしれないし。もう少し大人っぽいのとかを。 「……」  デートのことを考えながら、服を着替えようと思った。  すごい。  今の俺。 「……すげ」  今度は、嬉しくて一人呟いた。  ねぇ、俺、抱かれて来たんだ。この身体で抱いてもらえた。  先生に。 「……」  そう思うと、嬉しくて、たまらなく嬉しくて、鏡の中にいる俺は口元をふにゃふにゃにしてた。  こんなに嬉しそうにしてるとこ、あの高校一年の夏以来かもしれないと、鏡の中の自分を見つめた。

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