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第14話 朝の挨拶
――おはよ。月曜
そこで先生宛のメッセージを打つ手が止まった。
月曜だね。
って、当たり前すぎる。
だから何? でしょ。
そんで、面白くないし。
仕事してんだから忙しいだろうし。
その中、こんなフツーすぎる退屈なメッセージ送られても迷惑じゃん。
他愛のないメッセージはただの迷惑メールでしょ。うるさいってなるかも。大学生と社会人。大学生は暇だなって思うかも。
けど、なんか話しかけたくて。
でも、何話したらいいのかわかんない。
日曜は、無事に帰宅できた? ってメッセージと次のデートに誘ってくれたメッセージで少しやり取りをした。その後は特に連絡とかなかった。
で、今、月曜の朝、大学に向かう電車に揺られながら、何かメッセージとか送りたいなって。
おはよって挨拶と。
あと、何かないかなって探してる。
土曜は楽しかった、とか?
嬉しかった、とか?
会えて、付き合うことになって。
まだ信じられない、とか。
けど、それって、信じられないって、なんかネガティブかなとか考えたり。デートのこととかはまだ今日バイト先に言って、社長に訊いてみないとだし。っていうか、訊いて確認するとかじゃなく、どうにかして、週末は空けさせてもらうけどさ。
撮影じゃなければ、どうにかスケジュール変えられるから。
そのくらい小さな事務所。
だって、モデルって言ってもそんな華やかやつじゃなくて、本当、地味っていうか。モデルの仕事よりも事務とかで手伝いすることの方が多いから。人いなさすぎて、モデルのはずが、そのモデルの撮影経費とかも俺がやったりするくらい。
いいけど。社会人になった時に色々役立ちそうだから。
じゃなくて、今、探してるのは、先生に話しかける話題で。
――先生、おはよう。
――こーら、先生には、ございます、だろ。
――ございます。
――お前ねぇ。
朝、学校で話しかけたくて、話しかけたくて、その背中を見つけると、女子に囲まれる前にって大急ぎでドキドキしながら駆け寄って挨拶してた。
おはよう。
その後になんでもいいから話を続けたくて、いつも会話のきっかけを探してた。
校門のところの花壇の花、綺麗だったね。花なんて詳しくないから、咲いてる花の名前も知らないけど。
今日体育の授業何やるか知ってる? 担任だからって全教科教えてるわけじゃないから、体育で何をやるかなんて英語の先生が知ってるわけないけど。
今日は雨降るんだって。
なんでもいいから話しかけようと、見つけたものをかき集めて先生に伝えてた。
だから先生からちょっとでも話しかけられると、嬉しくてたまらなかった。飛び上がりそうに嬉しかったっけ。
朝、挨拶できるとそれだけで、一日が良い日になりそうな気がしたっけ。
顔見てなら、話できるなら、そんな他愛のない「ふーん」ってレベルのことでも大丈夫そうだけど。
メッセージじゃ、ね。
今頃は……もう職員室だよね。
会議とかしてんのかな。
その中、おはよう、だけのメッセージなんてされても……デショ。
「おはよ」
「!」
「何? モデルが難しい顔してスマホ睨んで。モデルさんが台無しだぞ」
「……睨んでない。モデル、モデルって」
電車を降りて、ぞろぞろと階段に向かう人の波に流されると、隣に山本が来た。
「だってモデルだろ?」
そんなに難しい顔、してた?
「俺は、山本とかが思ってるようなモデルじゃないから」
そんなに華々しくない。コレクションとかファッション雑誌に載るようなモデルじゃない。雑誌には載るけど通販雑誌。広告には出るけど、ネットの広告。
「いや、俺らからしてもたら、モデルはモデルよ」
どっちも何もなく、職業モデルって言った方がいいと思う。
「だからそんな卑下するなよー」
「してないよ」
「あはは」
山本が、じっと俺の顔を見つめてきた。
別にやましいことないし、と、じっと見つめらると、途端に居心地が悪くなってくる。
「何?」
「……いや、なんか良いことあった?」
「! な、んで」
「……いや、すげぇ、嬉しそうな顔してる」
そんなに?
「もしかしてパチンコでフィーバした? あ、もしかして、レポートが完遂したとか? それなら見せてくれ! もしくは……駅前のパン屋のスタンプが溜まったとか?」
「……俺、そんなんで嬉しそうな顔しないけど。パチンコ行かないし、レポート見せたところで書き写すわけにはいかないんだから意味ないだろ。あと、まだレポートがそもそも出来上がってない。あそこのパン美味いけど、スタンプ集めてないし」
「え? 集めてないの? あれスタンプ貯まるとランチセット無料になるんだぞ」
それは、けっこうお得だろうけどさ。
「違う」
「えー、じゃあなんでそんな嬉しそうなんだよー。なんだよー。モデルなのに事務仕事がほぼメインでたまにモデルなお前を楽しませようと、今週末コンパ準備してたのにぃ」
山本が鬱陶しいくらいに肩を肩で小突いてくるし、さりげなく悪口言ってくるし。けど、それに怪訝な顔もしないでいられるくらいには、確かに今の俺はご機嫌で。
「…………ったから」
「? わり、聞こえなかった」
確かに駅は賑やかだった。通勤通学のラッシュの時間帯。にも関わらず、どこかの沿線で電車が遅れてるみたいで、それを駅構内にあるスピーカーから割れてざらつく声が一生懸命に教えてくれてる。目に見えない音だけれど、俺たちの頭上の空間をそんな雑多な音でぎっしりと混み入ってる感じ。そのおかげで俺のボソボソとした話し声はそんな音たちに邪魔されて聞こえなかった。
「付き合うことになったから」
「…………へ?」
駅の改札を出て、さっきまで駅構内でぎゅうぎゅうになりながら移動していた人たちが、散り散りばらばらになっていくと、途端に、忙しなくぶつかり合っていた雑音が消えて、空間に隙間がどんどんできて開けていく。スッと、息もしやすくなってきた。
「先生と」
「…………へ? え? えぇぇぇぇ?」
そして、さっきまでひしめき合うようぶつかり合っていた音が消えた俺たちの頭上に、山本のでかい叫び声が晴れ渡った朝の空に登っていく。
「は、はい? え? なんで? 何?」
あとで。
「えぇ? マジ? なんで? ちょ、おま、は? この土日で何がどうなった?」
先生にこう送ろう。
「山本、驚きすぎだから。それから女の子興味ないんだからコンパはそもそも行かない。人数欠けたんだろ」
「まぁ、そうなんだけど、って、いやいやいや、驚くだろ! 何それ、すごっ」
おはよ。
先生。
今朝、先生とのこと、友達に話したら、めちゃくちゃ驚かれたよ。
そう、送ろう。
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