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第17話 仕方がないよ

 デート、だって。  先生とドライブデートするんだって。 「やばっ」  待ち合わせたのは朝の九時。  早いか? って訊かれたけど、全然大丈夫。それこそ、あの夏、スキップで行きたいくらいだった夏季特別授業と一緒。  全然、もっと早くてもいいよ。 「って、鍵っ!」  とか、思ったのに。  朝、ちゃんと、大学行く時よりもずっと早くに起きたんだ。  マジで、ありえないくらいに、パッと目を覚ました。 「げっ」  はず、だったんだけどさ。  デートの前にシャワー浴びておいたほうがいい? とか、思って。ほら、その、まぁ、なんとなく。  で、朝、シャワー浴びて、買ったばっかのスクラブやって、肌もいい感じって思ったけど、なんか今日髪が決まんなくて。でも、やっぱワックス使いたくないし。だから、出掛ける準備にめちゃくちゃ時間がかかったんだ。  ワックス使えば早いけど。髪、ベタベタすんの、ビミョーかなとか考えて。そんなたくさん触ってもらえるかわかんないけど。  いや、けど、デートだから。 「…… ! って、マジでっ」  なんて、今日のことを考え込んでる場合じゃないから。  やばい。  足止める場合じゃないって玄関を飛び出した。 「あっつ」  外、思ってたより暑い。  汗、少しもかきたくなくて、部屋のエアコンガンガンにしててわかんなかった。もう九月も半ばなのに、ほぼ夏の気温と変わんないだけど。  しかもバスがちょうどないんだよ。早いの乗れたらよかったんだけど、髪のセットに手間取ったから無理だった。バスで駅までの所要時間でいったら間に合うけど、ちょうど良い時間のがないから、バス使ったら間に合わない。つまり歩くしかなくて。歩くとうちから駅まで結構あるし。暑いし。  日差しめちゃくちゃきついんだけど。朝でこれだけ暑いなら今日は日中相当暑いのかも。汗かきたくない。けど、ドライブだから大丈夫かな。  って、ドライブってどこに行くんだろ。  運転してるとこ見れる。きっと絶対にかっこいい。運転中って音楽聞くのかな。どんなの好きなんだろ。ラフな格好なのかな。それとも俺がよく知ってるワイシャツ系? 俺、服装、釣り合ってなかったりしない? Tシャツって、チョイス間違えてないかな。っていうか、香水とかしとくべきだった? 汗臭くない? 俺。あぁ、ほら、もうすでに汗かいてきてるし。いや、けど、汗臭いとこ香水混ぜてもヤじゃん。  あー、髪で時間かかったのマジで失敗だった。次からは、もっと――。  デートのことでいっぱいだった。  気がついたら、駅で。 「えっと……」  先生、どこに車停めるんだろ。駅のロータリーん中? 車、どんなのかわかんないし。俺がどんな服着てくるのかくらい言えばよかった。これだと先生だって探すの大変じゃん。電話で舞い上がってて、そこまで考えてなかった。  駅の改札前まで行って、ぐるりと周囲を見渡した。  停まってるのはタクシーとバスと。それから、違う気がするファミリーカー。  時間は、もうそろそろ待ち合わせの時間だけど。  もしかして車で来るのに渋滞してるんじゃん?  「……」  でも、スマホには特に連絡届いてない。あ、運転してたらスマホ使えないか。メッセージ送っとく? もう着いたよ、とか。急かす感じになるかな。とりあえず、服装とかだけでもわかりやすいように伝えたほうが――。 「志保!」 「!」  うわ。 「あ、うんっ」  先生だ。  うわ、やば。  先生がTシャツ着てる。ラフな格好の先生だ。  うわぁ。  黒い車から降りてきた先生の方へとは駆け寄ったら、その車に朝の日差しが反射して、眩しそうに目を細めながら笑ってくれる。 「乗って」 「あ、うん」  車に乗ると、夏みたいに暑かった外と全然違う涼しい個室に、駅の前の賑やかな音も途絶えた。 「今日、暑いな」 「うん」 「頭のてっぺん、熱いぞ」 「うっ、うんっ」  びっくり、した。いきなり頭をポンってされて、肩竦めちゃったじゃん。もう完全に朝、シャワー浴びたの意味なくなったけど、けど、良かった。髪、サラサラにしておいて。ワックスとか全然使わずにいて。そのほうが触り心地いいから。 「駅から結構歩くんだっけ。志保のとこ」 「あ、うん」  手慣れた手つきで、シートベルトを閉める仕草を横目で眺めてた。 「今度からは車で迎えに行くよ」 「あ、うん」  すご。先生がマジで運転してる。ハンドル握ってる。 「帰り送るから」 「うん。ありがと」  帰り、帰るのって今日かな。明日? 明日がいいけど……。 「ナビで違うとこ示すって、なんでだろうな」 「うん」  道路の脇に止めた車を出そうと、窓の外へ顔を向けた先生を、じっと見つめて、車を走らせると同時に前を向いた先生に目を伏せて、ちらりとその運転する姿を覗いてる。 「晴れてよかった」 「うん」  車の中だから先生の声がすごくよく聞こえる。あの教科準備室とも、この前の居酒屋とも、泊まったホテルとも違う感じ。リラックスしていて、低音が殊更低くて、なんか、ドキドキする。 「まぁ、ドライブだから雨でもいいけど」 「うん」  あ。すごい。  ハンドル握った手、指に、俺が買って渡せなかったおもちゃの指輪、してる。  本当にしてるんだ。  すごい。  ずっと?  その指に? 「他のとこじゃなくてよかった?」 「うん」  嬉し。 「……っぷ」 「?」  先生が突然小さく笑ったのも、ほら、よく聞こえた。 「いや、だって、志保さっきから、うん、しか言わないから」 「! こ、れはっ」  仕方ないじゃん。 「それにっ、ありがと、も言った」 「あぁ、確かに」 「うん……」  仕方ないよ。だって、すぐそこで先生が笑ったりしてる。二人っきりで、運転してる先生で、ハンドル握る手がかっこよくて、指輪があって、ドキドキしてるんだ。  涼しいはずの車内なのに、頬が熱くて、また汗かいちゃいそうで。  ドキドキして、仕方ないんだから。

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