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第18話 何もかも嬉しくて、楽しくて

 ドライブデートなんて、したことない。そもそもデートが、したことなくて。  車で三十分くらい街中を走って、そこからは高速。海の方に行くって教えてくれた。この時期は泳げたりはできないけど。人は多くないからって。  片道一時間半のドライブ。  先生の隣に座ってる。  ただそれだけで浮かれて、はしゃいで、飛び跳ねるボールみたいに、聞きたいことが溢れてくる。  免許は持ってるけど、車は持ってないから、このままだとペーパーで終わりそうって話したら、仕事するようになれば違うんじゃないかって言ってた。  そこから仕事の話をして。  学校の先生は大変そうだからやめておくって言ったら、そうだな、だって。すごい大変じゃん。一日中、騒がしい生徒の相手して、授業教えて、終わったら職員会議でしょ? 帰るの何時になんの?  それから、まだ特になりたい仕事があるわけじゃない俺のこと。  あと、大学のことも少し話して。  あ、あと、先生の好きな食べ物も教えてもらった。カレーが好きなんだって。予想外に子どものメニューで意外って呟いたら、辛口のカレーだって反論してた。  俺の好きなものはトマト系のパスタかな。あと焼肉。  そう答えたら、焼肉、さすが大学生って、反撃された。  あと、先生の苦手な食べ物も教えてもらって。俺の苦手な食べ物を教えて。好きな映画と、好きな音楽。車の中では普段はその好きな音楽聴いてるんだって。  聴く?  って聴かれたから大丈夫って答えた。  今は、先生のことたくさん聞きたいから。  くるくる変わる話題に。  くるくる変わる景色。  廊下を誰か通るかもしれないと耳をそっちに傾ける必要がなくて、大きな声にならないように気をつける必要もなくて。  本当にデートなんだって。  本当に、先生と俺、付き合ってるんだって。  嬉しくて、楽しくて、浮かれてる。 「えー、あの先生、結婚したんだ」 「そう。二年前に」 「へぇ……」 「何?」 「あ、いや、あの人、美人だったし、先生と同じ歳くらいで若かったよね」  なりたての先生同士で仲が良いように思えた。二年前か。へぇ。ふーん。じゃあ、先生のこと狙ってたわけじゃなかった、のか。 「俺と同じ歳」  あ、ほら、やっぱりなりたての先生同士だったんだ。 「チェックしてた?」 「! べ、別にっ」  口をぎゅっと結んで、ひざの上に置いていたボディバッグを抱え直した。 「……志保と同じクラスだった、大木」 「?」 「覚えてないか?」 「覚えてる、けど?」 「仲良かったろ」 「……まぁ」  仲、良かった。最初に席が前後だったんだ。俺が相田で、その次が、大木。で、声をかけられて、そこから仲良くなった。野球部だったっけ。確か小学校から野球やってて、大学は野球の推薦狙いたいとか言ってた。背が高くて、雰囲気、なんとなくだけど山本に似てるかもしれない。でかい声で笑う感じとか、その笑う時に思いっきり口開けるところとか。  大木もそういう感じの奴で、当時、背が低くて小さかった俺としょっちゅう一緒にいて、でこぼこコンビとか言われてたっけ。  今はもう背伸びたから、そのあだ名は言われないだろうけど。 「チェックしてた」 「え?」 「大木のこと」 「…………は、はぁぁぁっ?」  大きな声が山の中を走る車さえ驚くくらいに響いた。 「な、何っ」 「大木は、気があった気がする」 「は、はいっ?」 「志保を見る目がな」  そう言って、前だけを見つめていた先生が一瞬だけ、本当に一瞬だけ、こっちを見て、笑ってる。 「引越しするって言ったんだろ?」 「まぁ」 「何か言われなかった?」 「ないよ」 「そっか」  チェックって、何、言ってんの。  教室でさ、俺が大木と話してるところとか、見て、なんか思ったりしたの? 例えば、その、嫉妬、みたいなの。あったり、すんの? 「なら、良かった」  先生が、俺のことで、ヤキモチとか、してくれたりとか、したの? 「! な、何、良かったって」 「なんでもない」 「何っ」 「……お前がいなくなった二学期、寂しそうにしてたから」 「……」  先生は? 俺が、いなくなったの、寂しかったりした?  ねぇ、先生。 「……」  俺のこと、いつから、好きになってくれたの? 「何、先生」 「……内緒」 「ちょ、何、突然、内緒とか言われて、すっごい気になるっ」 「あ、ほら、パーキングだ」 「え?」 「休憩」  そして、車がチカチカと楽しそうな音を立てて、ゆっくりとリラックスするように速度を落としていく。ものすごい速さで真っ直ぐ進む車たちと別れて、左側に傾きながら、滑るように、空いているスペースでぴたりと止まった。 「何か飲む?」 「あ、俺もっ」  慌てて、車を降りると、エアコンの風に馴染みすぎた身体が暑さに少したじろいだ。  やっぱ、暑い、けど、人が多い街中とは違って、爽やかな風が通り抜けてく。 「おいで、志保」 「え? !」 「髪、サラサラだな。葉っぱ」  その風が俺にプレゼントをくれた。先が黄色くなってきていた葉っぱを頭の上に、どうぞって、置いてくれて。  それを取った先生の指先が髪に触れた。  触れて、日差しに眩しそうに目元をくしゃっとしながら笑ってる。  ね、今日、髪セットするのにさ、時間かかったんだ。だから、ギリギリになって、走ることになったんだけど、でも、ワックスとか使いたくなかったから。そのままの方がさ。  先生がふとした時に触ってくれたら、指触り良さそうでしょ?  サラサラでしょ?  良い感じでしょ? 「風、すごいな」 「う、ん」  俺はその風にめいいっぱい感謝した。  葉っぱを頭に乗せてくれた強い風に、ありがとうって、思った。

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