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第19話 吊り橋ユラユラ

 デートって初めてなんだ。  あの時は、夢中すぎてさ、ただただ好きな人に、先生にしがみついて離れないようにくっついてるばっかりだったから。好きって伝えることもちゃんとしてないくらい慌ててた。あの高校の夏を「恋」の形にするの忘れるくらい必死だった。  それで、そのあとは誰も好きになれなくて。  だから、俺の恋はあの時のが最初で。  今が、その次。二回目? って言っていいのかわかんないけど。相手は同じ人だし。  つまりはさ、俺はデートってしたことがなくて。 「は? マジで? この橋?」 「そ」  これが俺の人生初デート。  初デートはドライブ。 「何? 志保って高いとこ苦手?」 「いや、そういうわけじゃ……けど、これ?」 「そう」  言いながら先生が笑って、手をもっと「ほら」って差し出した。  そんな先生の三歩くらい先には、吊り橋。  結構な長さがない? これ、百メートルくらいあるでしょ。  その百メートルくらい先に向かい合わせにそびえ立つ崖とを繋いでいる。吊り橋、橋ってもっとちゃんとさ。ほら、これだよ? 人が一人通れるくらいの木の板とワイヤーの手すり。木は長さ二メートルくらいの角材が等間隔で支柱となっていて、その上に歩けるだけの幅の木の板が打ち付けられてる。どう見たって、不安定極まりない感じ。 「この先に展望台があるんだ」  その展望台の為にここ渡るの?   そんな顔をしてたんだと思う。また先生が笑って、今度は待ってても埒があかないと思ったのか、迎えに来てくれて、俺の手を握った。 「!」  そして、その掴んだ手をぐいっと引っ張って、引っ張って、引っ張られて。 「ほら、おいで」 「ちょ、っちょ」 「平気だって」 「つーか、これ人が向こうから来たらどうすんの?」 「待っててくれるだろ」 「確かに、っ、わっ」  一歩踏み出したら、揺れた。片手は手すりのワイヤーを握って、もう片方の手は先生の手を力一杯握ってる。 「おま、馬鹿力」 「だ、だって」 「あはは、平気だって」 「そーかもだけど」  まるで普通の石畳でも歩いてるみたいに先生は俺の手を掴んだだけで、のんびりと揺れて仕方のない橋を渡って笑ってる。 「痛い……」 「ごめっ、けど」 「いや、いいよ、しっかり捕まってな。こっちの手も掴むか?」 「ちょっ! いーから! マジで! 先生ちゃんと前見て!」 「あはは」  いきなり後ろ向きで歩き出すからすっごい慌てて叫ぶと、殊更楽しそうに笑ってる。 「ほら……」 「え? …………あ」  ちょうど橋の真ん中くらい。  不安定な橋は俺がビビってギクシャク歩くからなのか、ひどく揺れていた。 「…………すご」  けれど、その揺れが、なんだか風に乗って空を泳ぐ鳥になった気分にさせた。すぐそこ、足元にはエメラルドグリーンが綺麗な川、視界の両端には深い緑の森があって、川はどこまでもその森と森の間を分け隔てるように、うねりながら続いていく。そしてその先には大きな海が広がっていて、空は、高くて、青くて、澄んでいた。 「…………」  気持ちいい。  あ。  ねぇ。 「いい景色だな」 「……うん」  手、繋いでる。 「あとちょっとで展望台」 「うん」  ねぇ、先生とまた手を繋げた。  その手をじっと見つめた。  やっぱ骨っぽくて、大きくて、大好きな手だった。その手に自分のあの頃よりも大きくしっかりとしてしまった手を重ねてる。  恋人って感じ。  それが嬉しくて、じっとその手を眺めてから顔を上げると先生と目が合った。眩しそうに目を細めて、爽やかな森の風が駆け抜けて、その目元を前髪でひらりと隠してしまう。  そして、目を開けて、また目が合って。  先生の目に、俺しか映ってない。他の誰も、今、いない。  ねぇ。  初デートなんだ。  学校ではもちろん手なんて繋げないじゃん? 外で会ったこともないし。教科準備室では、先生に夢中だったから。  俺たち、手を繋いだのまだ二回目なんだ。 「ほら、到着」 「うん」 「展望台、螺旋階段なんだな……あっつ」  真っ白な三階建くらいの高さの塔の入り口を入ると、夏の名残の熱がぎゅぎゅうに詰め込まれたみたいに暑かった。少し薄暗いけれど、階段を上に上がっていくとどんどんと明るくなっていく。そして辿り着いたところには、さっき見えた海をもっと広く眺めることができた。 「すご……」  展望台だけ窓がついていて、開放感があった。そして、風が抜けるからか暑さも和らいでいる。 「海、キレー……」 「あぁ」 「あ、船だ」 「あぁ」 「ここで夕日とか見たら、綺麗かもね」 「そこまでここにいる?」 「あはは、いーかも。先生とずっとここで喋ってるのも」 「楽しいかもな」  うん。もっと先生のこと聞きたい。あの頃は、ほんと、とにかく夢中だったから。先生のことすごく好きだったけど、先生のこと何も知らなかった。ちょっと呆れるよね。好きな食べ物も、苦手なものも、誕生日だって知らなかったんだからさ。 「あ、そうだ。先生の誕生日は? 俺、知らない。近い? プレゼントとか」 「まだ遠い。冬生まれだから」 「そっか。じゃあ、」  振り返ったら、キス、してくれた。 「び、くり……した」 「志保の誕生日は春だろ?」 「あ、うん。よく知ってるね」 「元、担任」 「ぁ……そっか」 「そう」 「悪い元担任だけどな」  生徒に手を出したから? けど、生徒の方も手を出してもらいたかったんだ。だから。 「俺の、好き……な、元、担任……だよ」  そう言って、今度は俺からキスをした。二人っきりの展望台で、海と空と緑の中で、キスをした。  それが俺の初デート。 「そうだな」  一生に一度の初デート 「さ、帰るか」 「!」 「もう一回、吊り橋だな」 「!」  そこでニヤリと笑ってる。  ねぇ。 「や、やっぱ悪い元担任!」 「あはは」  ねぇ。今度はさ。 「今度は両手握ってく」 「いいぞー」  恋人繋ぎがいいなって、手を差し出した。

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