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第20話 四〇三、先生の部屋
――夕食どうしようか。車だから、アルコールなしで。
ドライブデートの終わりかけ、見慣れた景色になってきた辺りでそう先生が呟いた。
デートはまだおしまいじゃないんのが嬉しかったし、夕飯一緒に食べられるのも嬉しいけど、お酒、なくていいのかな。けど、それじゃあさ。
――それか、車置いておけるホテルにするか。もしくは、うち。
その提案に思いっきり飛び跳ねて返事をしてた。
先生のうちがいいって。
だって、行きたいじゃん。
そんなわかりやすすぎる喜び方に先生が笑って、夕陽のオレンジ色が当たってた。
懐かしい表情。
ちょうどこのくらいの時間だったっけ。教科準備室で過ごす大好きな時間がおしまいになるのは、夕暮れで、あの部屋いっぱいに夕陽のオレンジ色が差し込んで。抱きしめ合ったソファも、先生のデスクも、たくさんキスをした先生のこともオレンジ色に染まっちゃう時間。
気をつけて帰るんだぞ。
って、部屋を出ないといけない時間。
今日はまだそれを言われない。オレンジ色が消えて、夜になっても、まだ一緒にいられるって嬉しくて、助手席でつい口元が緩んでた。
「ちょっ、無理!」
「大丈夫だって」
「絶対に無理だって!」
「へーき。そのままハンドル切ってみ」
「はい? どっちに」
「左に」
ねぇ、そんなのんびりしてたらダメだって。
無理って単語が頭の中をぐるぐると駆け回る。
車の免許は持ってるけど、免許は取ったっきり。車はもってないから、そのままペーパードライバーって話を昼間運転している先生とした。
「大丈夫」
「マジでっ、ぶつかるからっ」
「へーきだよ」
大騒ぎ。
子どもみたいに右も左もわかんなくなりそうな俺に先生がのんびりと窓枠のとこに肘をおいて、楽しそうに笑ってる。
笑ってる場合じゃないから。
ねぇ、先生の車ぶつけたら大変でしょ?
ねぇっ、てば。
マジで、ぶつけるよ?
「……っ……っ……っ」
少しずつブレーキペダルに乗せた足をジリジリと動かしては、止まって、また動かして。
「案外慎重派」
「慎重になるでしょっ」
もう知らないぶつけるって、騒ぐ自分と、大事な先生の車をぶつけるなんてことは絶対にあってはならないって、恐る恐る頑張る自分が頭の中でせめぎ合ってる。
「ほら、できた」
もう、マジで寿命が縮んだって。
「はぁぁぁぁ」
深くずっしりとした溜め息を零しながら、レバーをパーキングに入れた。
ドライブデートはこれで終わり。
吊り橋と展望台からの絶景の後に、たまたま見つけた雰囲気の良さそうなカフェで遅めのランチをした。帰り道のドライブは少し渋滞につかまったけど、夕方には戻ってこれた。それで、この後は先生のうちで夕食って話になったところまでは良かったんだ。
へぇ、このあたりに先生のマンションがあるんだ。
なんて呑気に周囲をキョロキョロしてたら、先生が突然。
――車運転してみるか?
とか言い出した。
絶対に無理だから、免許取ったっきりだってば、と言ったけれど。大丈夫ってにっこりと笑って。
まだ、走る分には良かったんだ。まぁ、先生の後ろにいた車には災難だったかもしれないけど。遅かったから。
でも、車庫入れがめちゃくちゃ大変で、さっきの大騒ぎになった。
「おいで、志保」
「!」
手招かれて駆け寄ると、にっこりと笑ってくれる。
「マンション?」
「そ、すぐそこ」
先生の視線を向けたところに四階建てのマンションがあった。
「あそこの四階」
「そうなんだ」
「エレベーターがないからちょっと大変だけど」
「あ、ううん」
カードキーをスライドさせて、まず最初にエントランスを入ってから、階段を上がって、四階へ。三つ、到着した階段の踊り場に扉が並んでいた。
四〇三。
それが先生の部屋の番号。
「どーぞ」
「お、邪魔、します」
先生の部屋、来ちゃった。
「座ってな」
「あ、うん」
テレビ、大きい。
ソファは、ちょっと小さい。
カウンターテーブルがある。
あ、パソコン作業とか、仕事とか、そのカウンターでするんだ。英語の教材っぽいのが並んでるし、ノーパソが置いてある。
寝室、別なんだ。
って、別にベッドチェックとかじゃないけど。
ソファの前のテーブルにリモコンが斜めになって置かれてるのが、なんか、ドキドキした。
だって、朝までこのあたりに先生が座っていて、リモコン触って、テレビ見てた痕跡って感じがして、先生の居場所に自分がいるんだって実感する。
「あんまりジロジロ見ないように」
「! ごめっ」
「昨日帰ってきてから掃除はしたけど」
「ぇ」
学校終わってから?
少し驚いた顔をしたら、先生が笑いながら、淹れてくれたばかりのコーヒーを斜めになってるリモコンの隣に置いてくれた。
「連れ込む気満々」
そう言って、笑って、まだ熱くて俺は飲めなさそうなコーヒーを飲んでる。
「い、ただきます」
あ。
「晩飯、ピザ取る?」
嬉しい。
「あ、なんでも、俺は」
「じゃあ、ピザ取るか」
コーヒーがちゃんと甘かった。ちゃんとミルクを入れてくれた。
「志保、何がいい?」
ちゃんと、俺が飲めるコーヒーを覚えていてくれた。
それがたまらなく嬉しくて、なんか、変な顔してそうだったから、キュって、唇を結んだ。その喉奥に懐かしくて、ドキドキしたあのほろ苦さが広がった。
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