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第21話 巻き戻しボタンは押したくない
ピザ美味いって食べてたら、先生が、あっ! とか叫ぶから、めちゃくちゃ驚いた。
モデルがピザ食べたらダメだろ、だって。
そこまで徹底してる、トップモデルとかじゃないからって、笑った。
笑って、今日一番でかい口でピザをぱくりと頬張った。
晩御飯はピザとサイドメニューにサラダをつけて。ワインがあるって言うから、ワイン、飲んでみたけど。実は初めて飲んだから、ちょっと、独特な味があんまだった。いつもチューハイとかばっかの俺にはまだ少し早い気がした。
「いや、料理は全然だよ」
「えっ、そうなの?」
「意外?」
「うん。なんか、なんでもできそう」
「いや、全然。すごい不器用」
「不器用そうに見えない」
先生のその、目を細めて笑うのがすごい好き。
「美術とかやばいレベル」
やばい、とか先生が使うの、初めて聞いたかも。
「見てみたい!」
「やだよ」
「えぇ」
絶対に見せられないって、小さく言って、笑いながら、サイドメニューで頼んでたポテトを一つ食べた。ピザはもう食べ終わって、残ってたサイドメニューをつまみながら、残ったワインを飲んでた。
先生はなんでもできそう。
料理も、なんでも。
完璧って感じがする。
部屋だってすごいキレイにしてあった。
字もすごいきれいなんだ。俺は先生の字、すごい好き。ほら、たまにいるじゃん? ミミズが踊ってんの? ってくらいに下手な字の奴。全然そういうのと違うから、黒板にスラスラ書いていく英語と日本語を眺めながら、うっとりしてた。低く、でも教室の一番後ろにも届く声がかっこよく英語を喋ってる。英語の授業がある日はいつもよりも学校が楽しみだった。
「志保のほうが色々なんでもできるだろ? 美術の成績も良かったし。あ、けど」
「! あぁぁぁぁっ」
いーから、言わなくて。
担任だもん。当たり前だけど、俺の成績だって知ってるわけで。
「音楽」
「! だからッ、言わないでってばっ」
歌うのはすっごい苦手。めちゃくちゃ無理。だから音楽の成績はさ。大学とかでも、カラオケ行こうとか誘われても絶対に断ってる。歌うのはめちゃくちゃ苦手。きっと笑えないレベル。
「別にすごい悪いわけじゃなかっただろ」
言いながら笑ってるし。
恥ずかしい。
勝手にへの字に曲がる口と、勝手にぷいっと先生の反対側を向きたがる頭。
「志保、他が優秀だったから目立っただけだよ」
そんなに言ってもらえるほど優秀じゃないし。
「目立ってないし」
「目立ってたよ」
「その割には友だち少なかったよ」
別に、たくさん友だちが欲しかったわけでもないから、率先して作ることもなかったけど。
「完璧すぎると近寄り難いから」
近寄り難くなんてないし。
「綺麗な声してるから、歌、うたったら良さそうだけどな」
「声、綺麗でもなんでもないからっ」
「ほら」
「もぉ、いいからッ」
ピザが喉詰まりそうになるじゃん。
「綺麗だけどな」
好きな笑い方で、好きな声で、褒めて貰えたらさ。ピザが喉のとこでつっかえるじゃん。
優しく笑ってくれる先生と向かい合わせで、かっこ悪いとこを見られまいとそっぽを向いたままの俺。
「志保」
「?」
名前を呼ばれて、そのそっぽを向いたままだった俺が先生の方に顔を向けた。
「腹いっぱいになった?」
「ぁ……うん」
「もう九時だな」
うん。そろそろ、帰った方がいい?
「楽しかった?」
「うん……」
楽しかったよ。ちょっと吊り橋怖かったけど、でも、その後の展望台から見えた景色綺麗だったし。運転、っていうか車庫入れすっごい怖かったけど、先生の運転してるとこ見えたし。一日、一緒にいるの、初めてだった。あの夏休みはどんなに頑張ったって、午前中は夏季特別授業で無理だったから。会えても、午後の数時間だったでしょ。こんなに先生のこと見てられたの、初めてで。嬉しくて、楽しくて。
なんで楽しくて、嬉しいことってあっという間なんだろうね。
もう一回巻き戻して、今日の朝、髪のセットが上手くいかなくて、焦ってたところからやり直したい。
もう一回、今日一日中をリピート再生したい。
「俺、酒飲んじゃったし」
「あ、うん」
平気だよ。見てわかると思うけど、俺、あの頃の高校生だった時よりずっと、「男」でしょ? 襲われる心配なんてないからさ。だから……。
「だから、泊まってく?」
「!」
「うち」
「うんっ」
やっぱ、いい……です。
巻き戻ししたい、とか言っちゃったけど。
「っぷ、お前、それだけ変わらないな」
「?」
やっぱ、今朝の、髪のセットが上手くいかなくて焦ってたところに巻き戻さなくて、いいです。
「高校の時、俺が手伝い頼んだり、朝、挨拶したりすると、パッと目輝かせてくれた」
「!」
「すごい嬉しくて、仕方なかったよ」
巻き戻したくない、です。
「……」
笑いながら先生がキスをしてくれた。唇が触れるだけの、優しいキス。
「じゃあ、俺、片付けとかするから、その間に風呂、入っておいで」
「ぅ……ん」
言いながら、今朝、サラサラになるように頑張った髪に先生の指が触れた。髪を撫でて、指ですいて。髪の先まで神経が通ってるみたいにドキドキしてる。
「お風呂、借ります」
「あぁ、ゆっくり入っておいで」
先生に触ってもらえた時に指感触がいいように、心地良いようにって気をつけたんだ。その髪をたくさん今、撫でてもらえて。
綺麗だよ……そう囁きながら、髪を撫でながら、キスを、今度はしっとりと唇を重ねてもらえて、心臓が跳ね上がって、嬉しそうに踊り始めてた。
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