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第22話 キャパシティーオーバー
お風呂、借りた。
借り、ちゃった。
自分の髪から、今日、ドライブデート中に運転してた先生の、たまに鼻先を掠めるくらいに感じた香りがしてる。
「……ヤバ」
この前、同窓会の後に抱いてもらった時は、高校生じゃなくなって、可愛くなんてなくなった俺が先生が抱いてもらえるかどうかで頭がいっぱいだったけど。
今は、もう、してもらえるってわかったから。
なんか、むしろ緊張する。
今からするんだって。
多分、する、よね?
「……」
ドキドキする。
着替え、用意してくれたんだ。それから、下着も買ってきてくれたのかな。俺がシャワー借りてる間に。洗濯機の上には畳んである家着とパッケージに入ったままの下着、それから、今、俺が貸してもらってるバスタオルがあった。
そのバスタオルにドキドキして震える自分の唇をぎゅっと、押し付けて、目を閉じた。
先生のにおいがする。
服、借りていいんだよね。
あの頃の、高校生の俺ならきっと体格差あったから、これ着たら、もしかしたら先生のこと興奮させられたりしたかもしれない。
俺も高校生だった時、嬉しくてたまらなかったもん。
俺の手より大きな手に触ってもらえるの。
俺より背の高い先生にキスしてもらえるの。
大人の先生にかまってもらえるの、すごい嬉しくてドキドキしてた。
だから、ほら。
先生の家着のサイズが合っちゃうのは、楽しくない、よね。
着てみると、ちょうどよかった。袖も裾も。ちょうど。
あーあ、ってなるかな。
つまんないって、なるかな。
あっそ、って。
なる?
「志保?」
「あっ、うんっ」
扉越し名前を呼ばれて、パッと顔を上げた。その拍子に、シャワー浴び終わってたくせに、グズグズしてた俺の頬にろくに拭いていない髪の先からポタリとお湯の雫が落っこちた。
「風呂上がった?」
「あ、うんっ、ごめっ」
「いや、風呂上がった気配がしたけど、出てこないから、下着サイズ合わなかったのかと」
「あ、あった、よ。大丈夫。ありがと。買ってきてくれたんだ」
「コンビニのだけど」
ううん、ありがとう。そう答えながら、心配かけちゃったと、扉を勢いよく開けた。そしたら、先生が思ってた以上に近いところにいて。
「! ごめっ」
別にぶつかったって怒られないのに、触れても大丈夫なのに。ぶつかりそうだと飛び上がって。そんな俺に先生が目を丸くした。
「あっ……の」
「……」
「先生」
「なんか、モデルさんに着てもらうには申し訳ない、フツーの家着で悪いな」
「そんなことっ」
全然ない。俺は先生の服着られて嬉しいし。けど、サイズがぴったりで、なんか、可愛げなくて。だから。
「まだ、髪濡れてるじゃん」
「あ……ごめ、床」
「そうじゃなくて、風邪引くだろ」
「!」
「ほら、ちゃんと拭いとけ」
あ……。
「俺もシャワー浴びる。適当にくつろいでて、冷蔵庫の中、大したものないけど漁っていいし」
早く、したい。
「あ……うん」
早く、先生とセックス、したい。
なんて、言えるわけなくて、俺はコクンと頷いてから、入れ替わるようにリビングへ向かった。食べ終わったピザの箱とか全部綺麗に、食べてないみたいになくなってる。俺がお風呂借りてる間にコンビニ行って、キッチンも片付けてくれたんだ。
そういえば、先生のいた教科準備室も、先生の机もいつも綺麗だったっけ。先生によってはめちゃくちゃデスクの上が紙と本だらけで、そんなところで仕事できんの? って人もいたりするけど。俺がわからないところがあるとか理由くっつけて、職員室とかにかまってもらうために行った時もいつも先生のデスクは綺麗になってた。
「……」
カウンターテーブルのとこ、英語の教材が立てかけられてる。そのうちの一冊を取り出すと、中には先生の字で色々書き込まれてた。
俺もこうして教えてもらってたのかな。そう思いながら、懐かしい先生の黒板の文字を思い出しながら、ソファに座った。
そう、先生の少し右上がりで縦長の文字。
職員室でわからないとこを教えてもらってた時に、いつもうっとりと眺めてた字だ。
今も、あんなふうに優しく生徒に教えてんのかな。
いいな。
「……」
羨ましい――。
「ほ……志保」
「!」
その声にパッと目を開けた。
「……ぁ」
先生、だ。えっと、シャワーを浴びて……それで手。
「あ、ごめ、俺、寝て」
いつの間にか眠ってた。英語の、先生の教材読みながら。
「今も勉強熱心? テレビ付けて寛いでて良かったのに」
「!」
「朝早かったから疲れたろ。普段だって、大学行きながらモデルしてるし。せっかくの休みなのに連れ回しすぎたかもな」
「ぇ」
「寝るか」
「あ」
先生が優しくにっこりと笑って。
「寝るなら」
「あっ、違、平気」
思わず、掴んじゃった。先生の服。
そんな俺に、また目を丸くしてる。
違う。全然違うから。
「つ、かれてない、から」
「……」
「今日、すごく楽しかったよ。連れ回して、とかないから。全然」
「……」
でも、掴んじゃった服を離すことなく、ぎゅってしがみ付いた。
「ちょっとキャパオーバーは、してる、けど」
「?」
「先生の服とか、シャンプーとか、使えるの、すごいって」
「……」
「頭のキャパは超えてる、から」
だって、長く長く、忘れられなかった人だから。欲しくて欲しくて、けれど、きっと手に入ることはないんだろうって思ってた先生だから。
まだ信じられないんだ。あの、学校の片隅でしか独り占めすることはできなかった、あそこでしか「俺の」先生にじゃなかった。でも、今は違ってる。先生のこと、今日一日中独り占めできて、先生の部屋にだって来ることができて、服でもなんでも、貸してもらえるって。
「ホント……」
嬉しすぎてさ。
「……志保は」
はしゃぎすぎて、ある意味、疲れはしてる、よ。
「……可愛い」
ずっと胸の内は躍ってる、から。
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