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第24話 秋晴れの下
まだ、先生が中にいるみたい。今回は、気失わなかった。
事後の余韻に浸りながら、目を閉じると自然と口から零れ落ちた溜め息が口からバスルームに響いた。
「ふぅ……」
お湯に浸かりながら、コテンと頭をバスタブの縁に乗っけた。
今日、お風呂三回目だ。
新記録。
ふやけたりして。
なんて。
「……」
先生も一緒に入っちゃえばいいのに。
月曜の職員会議の資料読んでおかないといけないから、お風呂入っておいでって。仕事の邪魔はしたらダメだけどさ。
「……」
けど。
「…………」
けど。
「…………」
先生は、足りた?
そして、もう一回目を閉じると、また一つ溜め息が零れて、それがお湯に溶かすように口元をそのお湯に沈めた。
「よぉ、デートどうだったん?」
賑やかな講義室で、頭上から聞こえた声に振り返ると、月曜の朝一番の俺のテンションにはあまり合ってない山本のニッコリ満面の笑みがあって、勝手に口がへの字に曲がった。
「………………楽しかったよ」
「間、なっがっ」
「朝からうるさい 」
本当に楽しかったよ。ドライブデートも、車内でたくさん話せたのも、その後の夕飯のピザも美味しかったし。ワインはあんま、だったけど。先生の寝室に入れてもらえたのもめちゃくちゃ嬉しかったし。先生とそこでセックスできたのも、すごい嬉しかったし。
次の日曜は朝飯一緒に食べて、少しのんびりしてから送ってもらって、俺のマンションの場所も覚えてもらえた。今度は迎えに来るって言ってもらえた。
次のデートは夜にしようって。
俺が昼間撮影がちょっと入るから。その後、会ってもらえるって。
あんなに拗らせてた俺の片想いだと思ってたのは、ちゃんと順調に。
「楽しかったにしては、楽しくなさそうな顔してんじゃん。そうそうに喧嘩したとか?」
「してない」
「んーじゃあ、思ってた先生と全然違ってた。ほら、ありそうじゃん。だって、たったの数ヶ月だったんだろ? しかも場所とか限定されてたし。シチュ違うし。たまにあんじゃん。コンパでいいなぁって思って、次に二人で会ってみたら、なんか全然違ってたっていうの」
「ない」
ないよ。そんなの。先生のこと好きじゃなくなったりしない。ありえない。
「家がダサかったとか」
「そんなんで嫌いにならならないだろ」
「私服がダサかったとか」
「ない。別に服がダサくてもかまわないし。っていうか、普通にかっこいいよ」
「じゃあ、ガサツだったとか」
「ない。優しいし」
「…………何これ。新手の惚気?」
「違う」
そう、たったのひと夏だった。会えるのはたったの数時間。教科準備室のあの一室でだけ。
一日一緒にいられたんだ。テンションだってずっと高かった。嬉しいと楽しいばっかだった。
ばっか、だったけど。
「なぁ……」
「んー? あれ? やば。今日、テキスト一冊忘れたくさい」
「セックスってやっぱ、一晩、一回?」
「なぁ、もし今日の講義で使うようなら見せて。俺、若干の講義危ういんだよなぁ。わけわか…………はいっ?」
「だから…………すんのって、やっぱ、一晩で、一回?」
「…………んなっ、何、言ってんの?」
だって、一回なんだ。
「おま、おまっ」
俺、おかしいのかな。フツーは一回?
「お前、クールキャラじゃないの? そういう質問しちゃうタイプ?」
「うるさいなっ、こっちはっ、マジで考えてんだよっ」
他に相談できる奴いないし。
それに、俺、付き合ったこと今までなかったし。高校で先生のこと好きになってから、そのままずっと、先生しかなかったから。誰かと付き合ったこともないし、他の奴としたこともない。
だからわかんないんだよ。
こっちはテンパってんの。
訊かなきゃ良かった。
「……何? もの足んなかったの?」
「……」
「そのまんま、もの足んないって言えばいーじゃん」
「そんなこと言えるわけないだろ」
「なんでよー」
「嫌われたら……やだし」
「……」
山本が、一瞬、目を大きく見開いて、それから。
「すげ」
そう言って笑った。
なんだよ。だって、普通は一晩に一回なら、俺、頭わいてるってことだろ。盛ってるってことじゃん。うわ、って思われたりしたらさ。
それに、高校生だった時も、いつも一回だけだった。場所が場所だったし。一回だって、先生とできるのならそれだけで俺は嬉しかったから、もの足りない以前の話だった。
けど、今は付き合って、る、わけで。
先生があの指輪をずっとしててくれたってことは、俺のこと、俺が先生のことずっと忘れなかったみたいに、先生も忘れられなかったってことだろ。そしたら、やっと、って思ってもらえたりすんじゃないの?
誰かが突然廊下を通るわけじゃなくて、一晩、一緒にいられる場所でなら、さ。
だから、一回じゃなくて、その、なんか。
物足りないとかじゃない。
全然、一回だって、めちゃくちゃ嬉しいし、幸せだけど。
だけど、もっと、先生と。
「もういい。すげぇ、アホなこと訊いて悪かったな。も、なんでもない」
やっぱ訊かなきゃよかったって。プイッと窓の方に顔を向けた。
「そうじゃなくてさ」
「……」
「お前、そんなキャラだったんだなぁって」
「なんだよ。もういいから」
「いや、いい感じってこと」
「は? いい感じじゃないから」
「いい感じだよ」
全然いい感じなわけないだろ。こっちは結構本当に悩んで。
「大丈夫だよ」
「は?」
「とりあえず、幸せそうでよかったわ」
良いけど、良く、ないから相談したんだろって、胸の内でグジグジしてる小さな俺がまた口をへの字に曲げたところで、教授が来て、講義がすぐに始まった。
そして、窓の外は、夏よりも少し色が薄くなった、けれど、夏よりも伸びやかに広がる秋晴れ空があった。
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