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第26話 ヤキモチ

  なんか……ちょっと。 「あ、の……」 「…………」  機嫌、悪い? とか?  昼に大学が終わるから、そしたら、ランチ、どっかでしてもいいし、先生のうちでお昼食べてもいいし。それで、昼終わったら、そのまま車で水族館に行こうって話してた。夕方から専用のナイトチケットで。そもそも水族館って暗いけど、でも、ナイトコースってことでもっと館内が暗いらしくて。通路は足元を照らすライトだけ。夜の海の中を散歩するような特別空間って、SNSで話題になってるんだって。特に高校生に、って笑いながら教えてくれたから、多分学校でそんなスポットがあるって生徒に教えてもらったのかもしれない。  俺は大学生だけど、行きたいなら一緒に行こうって誘ってもらったんだ。  モデルだから、あんまり明るくなくて、人の目が気にならない場所の方がいいだろうって、考えてくれたのもあると思う。  別にモデルだからとか俺は気にしてないけど、でも、先生と、そういうデートスポット行けるのとかは、楽しみだった。  先生も楽しみにしてたっぽいんだけど。でも――。 「先生……」  なんか、機嫌……悪い……。  今日、忙しかった?  運動会はちゃんと土曜日の快晴の中でできたって言ってたし、それで日曜、昨日だって一緒に楽しく過ごせてたし、あんま、不機嫌になりそうな原因が見つからないけど、もしかして、毎週末、俺にばっか時間使ってたから色々、大変だったり。 「あ、の」 「っ、はぁぁぁぁぁ……」  重たい溜め息と不機嫌な顔。怒ってるとも、呆れてるとも受け取れる顔をして、前を見つめてる。  ちょうど、今、車が赤信号で止まったから、運転の妨げにはならないだろうって、話しかけようとした。  あの、今日、大丈夫だった? とか。  あの、今日、忙しかったよね、とか。  とにかく、なんとなく重苦しい空気が漂ってるのを払拭したくて、何か言おうと口を開いたところだった。 「先生?」  ハンドルを握る手の上に顎を乗せて、少し、口、曲げてる。 「……どうかと、思うけど」 「っ、うん」  何? 俺、なんか最悪なこと、した?  どうかと、思われるようなこと。  した? 「さっきのって、友だち」 「え?」 「だよな。だと思う」 「あの?」 「いや、俺の心が思っていた以上に、小さかっただけ」 「え、あのっ、は? え? 山本? のこと?」 「名前は知らないけど」  ウソ、でしょ? 「山本、さっきコンビニ来てたの、大学で同じ学科の奴」 「そう思う」  ね、これってさ。 「なんもないし、あいつはただの、本当に友だちだし」 「そうだと思う」 「あ、あいつっ、今はいないけど、恋愛対象、女子」 「それは、安心できることじゃないけど」  っていうか、ないよ。マジで、あいつはないって。 「志保相手なら、女の子が好きな男も落ちる」 「俺、そんなに、じゃないし」  そんなに魅力的じゃないし。あいつと、なんて絶対に、お互いにないし。それに俺は。 「髪、触ってた」 「は?」 「志保の頭」 「あっ、あれは、葉っぱがっつって」 「葉っぱは付いてなかったけど」 「そんっ」  そんなことを言われてもさ。 「ないってっ、マジでっ、あのっ、あっ! あいつは知ってる。俺が先生のことずっと忘れられなかったの」 「……」 「俺がゲイっていうのも知ってるし。それでも態度変わらない奴で。友だちで。先生とこの間、付き合えたって話してるし」 「……」 「マジで」  そこで、先生が俺の頬に触れた。長い指で、今、きっと、してもらえたヤキモチに熱くなってる頬を撫でてくれて。ドキリと胸が跳ねた。 「良い友だちなんだな。というか、俺のこれは気にしなくていいよ」  するよ。 「ただ、志保に触れられて、妬いただけだら」  するに決まってる。 「ごめん」 「ううん」 「心狭くてカッコ悪いな」 「全然」  あ、もう、青になっちゃった。 「全然だよっ、本当に、マジで」  もっと、今のこと聞きたかったのに。  ヤキモチ、してくれたってこと。  あの時、確かに、山本が俺の頭に触ろうとして、髪、今日、デートだから結構丁寧にセットしてあって、だから、触んなよって思ったところでさ。  ――志保。  そう先生が俺のことを呼んだ。  あの時、ヤキモチしてくれた。  どんなふうに?  イラってした?  なんて思ったの?  俺の、とか思ったりした?  ねぇ。  ねぇ。 「先生?」 「うん?」  あ、もう、不機嫌な感じじゃない。さっきまで車内に漂ってた重たい空気がなくなってる。 「ヤキモチ」 「……」 「しなくても平気だよ」 「……」 「俺、先生のこと、好き……だから」 「あぁ」  さっきまで、どうしたんだろうってぎゅううぅってこめかみのところを押し潰されそうなくらいに、重くて仕方のなかった空気が、変わってる。 「志保」 「?」 「さっきの、気にしなくていいから」  やだよ。 「友だちだってわかってるよ」 「あのっ」 「だから俺のガキみたいなとこ、気にしなくて、本当にいいから」  やだ。絶対にやだ。  気にしたい。  だってさ、これってつまり、先生がヤキモチしてくれたってことでしょ?  好きな人に妬いて貰えたってことでしょ?  そんなの嬉しくて、たまらなくて、最高に決まってるじゃん。一生覚えてたい。  だから、先生は不機嫌顔から自分自身に対しての呆れ顔になったけど。  俺は、ずっと、不機嫌になった理由がわかったところからずっと、嬉しくて、口元が緩んで仕方なくて、変な顔しないように一生懸命、口にぎゅって力入れてた。

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