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第27話 スイッチ
ナイトタイムチケットで水族館に入れるのは夕方の五時から。
お昼はどこかレストランか先生のうちでって話してた。けど、先生が水族館近くの個室のランチを予約してくれてた。
すごい高そうなレストラン。
いいの? こんなとこ、って訊いたら、たまにだからって笑ってた。教員の安月給じゃ、このあとはうちデートばっかかもなって言ってたけど。俺は、全然そっちで良いよって思った。もちろんレストラン嬉しいけど、俺は先生と一緒にいたい、が一番だから。
「平気か? 思ってた以上に暗いな」
「うん。俺は平気」
手を繋ぎながら、足元を照らす灯りだけを頼りに順路を追っていく。通路に等間隔で並べられた照明が道を作って、両サイドには闇夜に浮かぶ魚たちがふわりふわりと左右上下と気持ち良さそうに漂ってる。
平日のこの時間の水族館は空いていて、暗くて、本当に夜の海の中を散歩しているみたいな気がしてくる。水槽と壁を区切る境目が暗闇でわかりにくくて、不思議と、自分たちも漂っているような気がしてきた。二人だけで、ゆらり、ふわりって。
「すげ……」
「あぁ、すごいな。真っ暗で」
色鮮やかな熱帯の魚たちは、眩しいとさえ思った。
深海を棲家にしている魚や蟹に出会えると、なんだか親近感さえ感じた。同じ、音一つしない、誰もいない夜の海にいる友だちみたいな。
ゆっくり歩いているせいか、小魚たちは忙しそうで大変そうだった。
「すご……海月」
「本当だ」
海月には目を奪われた。
海の月って書くの、ロマンチックだよね。けど、ホント、真っ暗な夜の海でこんなの漂ってるところに遭遇したらさ、月? って思うかもしれない。
「キレー……」
「……」
「触ってみたい」
「……」
「触ったら、どんななんだろ」
ふわふわしてんのかな。
ゼリーみたい?
柔らかいんだよね。きっと。
「触ったら、毒、あるぞ」
「だよね。けど、触ってみたい」
そして、水槽越しじゃ触ったところでその海月がどんな感触なのかなんてわからないけど、それでもガラスに手を伸ばした。
「気持ち良さそ……」
「……」
「ね、先生は海月って」
どんな感触なのか知ってる? そう、訊こうと思った。
「……」
横に顔を向けたら、唇が触れた。
「触ったことは、ないよ」
ちょっと、びっくりした。
「どんななんだろうな。一回でいいから触ってみたい、かな」
水族館で、キス、してもらえるとは思ってなかったから、不意をつかれて、突然すぎて、声が出なかった。
「毒で刺されてもいいから」
今日、ランチも予約してもらえてたし、この水族館のチケットだって先に取っておいたし、楽しみにしてたけど。
「触ってみたい」
でもずっと、ヤキモチしてくれた先生と、キスしてセックスしたいって思ってたから、一つだけ、キスしてもらえて、嬉しくて。
「あと、一番大きな水槽だけ見て、帰ろうか」
「うん」
俺、真っ赤になってたよ。真っ暗だからきっとわかりにくかったと思うけど。
あと、真っ暗だったから気がつかないと思うけど、俺、ずっと、水族館の中で手を繋いで歩きながら、ずっと、先生としたいって、そんなことばっか考えてたんだ。
だから、あとひとつ、で帰れる。
そのもうひとつの水槽眺めたら、帰れるって。
ちょっと嬉しくて口元が緩んでたよ。
「ん……せん、せっ」
「……」
「あっ」
なんか、今日違う。帰りの車の中で話してる時の声も少し違ってた。優しい声だけど、低音がなんか腰に響く感じの声で。急かしたって他の車が急いでくれるわけじゃないし、運転が荒かったわけじゃないけど、ハンドルを握る手、指先がトントンと小さくハンドルのところでリズムを刻んでた。まるで、早くしてくれって言ってるみたいに。
今日は駐車場に車を入れるのを先生が自分でした。俺だと何度も切り返したり、かなりのスローペースでしか進まないから、たくさん時間がかかるから。この前はあんなに無理って言っても楽しそうに俺に任せたのに、今日は、何もからかったり、笑ったしないで、すぐに車を停めちゃった。
先生の部屋はマンションの四階。
エレベーターがなくてちょっと大変って言ってた階段を上る足取りは少し早く感じた。
急いでるみたいに。
早く。
「ん、あっ」
部屋に入りたい、みたいに。
「先生、あの、先にシャワー」
首筋にキスをされて、慌てて、ちょっとタンマって手で先生を止めて身体を逸らした。
いや、とかじゃなくて、その、きっと、結構汗臭いよ、俺。
「いいよ。シャワー」
「や、あのっ、昼間、少し暑かったから、汗っ」
なんか。
「汗、かいたっ」
今日の先生、なんか、違ってて。
ゾクゾクする。
「気にしない」
「俺が気にするってば。いつもは、デートの前にシャワー浴びてるけど、今日、午前中大学もあったし。汗臭いっ、からっ、ン、んんっ」
キスも違う。
「あ、あ、あっ」
腰を引き寄せる手の強さも違う。
「あっ、ン」
「やっぱり」
「?」
汗かいたから恥ずかしいのに。シャワー浴びてからがいいのに。
「落ちると思うよ」
「? な、に?」
「恋愛対象の性別、関係なく」
「っ」
「志保に落ちると思う」
「っ、あっ」
そう呟く低音が耳の奥を刺激して、身体の芯がジンって痺れる。
「あっ先生っ」
ぎゅって押された感じがした。
「先生……」
ずっと我慢してた、先生とセックスしたかったテンションのボタンをギュッて、押された。
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