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第31話 魔法使いがやって来た

「ふわぁ……」  やば。  つい、出たあくびを慌てて手の甲で隠しながら、昨日、やってなかった課題を講義が始まるまで解いてた。  ねむ。  先生も眠いかな。  寝たの、日付変わってからだもんね。  職員会議があるって言ってたし、運動会の片付けもあるって言ってた。朝少し早く行かなくちゃいけないって。  俺は別にいいけど、先生は、あくびとかしてたらダメだよね。  すげぇ怒られるだろうな。  あの時、俺が高校生だった時は先生の隣、同年代っぽいの女の先生だった。  …………なんだっけ、あの女の先生の名前。  まぁまぁ見た目良くて、学校の中でなら男子生徒に人気あって。学校の中でなら、だけどね、そこでだけ、だけどね。  けど、あの人、先生のことちょっと狙ってた気もする。ニコニコ笑顔で先生に話しかけてたところをよく見かけたから。  だからなんだか、その女の先生を思い出す時はちょっとだけ気持ちが尖る。ツンって棘を出してしまいたくなる。  まだ先生の隣にいんのかな。  きっと違うよね。  年度ごとで変わるよね。  今って誰が先生の隣にいるんだろ。  めっちゃ厳しかったおじーちゃんの、数学の……なんだっけ、鈴木、そうだ、鈴木先生とかならいいな。あ、けど、それだとあくびしてたら怒られるか。 「ふわぁ……」  講義まで、あと五分ないくらい。  それでも止まらないあくびをどうにか押し殺して。  ――先生、眠くない?  そんなメッセージを送った。  昨日までなら躊躇って送らなかったメッセージ。  仕事の邪魔になるかも。  そもそも職場でスマホいじれないかも。学校内で生徒がスマホ使うの禁止だったから、先生だってそうかもしれない。そんな中でメッセージ送ったらダメかも。  そう思って送らなかったと思う、けど。  今は送ってみた。 「……」  いーでしょ。メッセージなら。  だって、俺たち付き合ってるんだし。 「よ。どーでしたかね? 俺の当て馬大作戦」  送り届け終わったメッセージに既読の文字がくっつくかなって、いつの間にか課題を進める手を止めて、スマホをじっと見つめてたら、その手元が急に陰って、顔を上げた。  山本だ。 「ふふーん」って顔をして、隣にどっかりと座ると、リュックの中からテキストをゴソゴソ出してる。 「は? 当て」  馬って。   「考えればわかっちゃうわけよ。お前は先生先生ばっかだったからわかんないかもだけど。恋愛経験ほーふな俺くらいになっちゃうとさ」  ニヤリって笑ってる。  そして、シャーペンを取り出して、くるりとまるで魔法の杖でも振るようにして。 「付き合ってるし、会う頻度かなり高いし。好きっつーのは確実。しかも会う度にしてんだから」 「……」 「やりたくないわけじゃない。やりたくないなら毎回なんてしないし」  そう、なんだ。 「なら答えは簡単に導き出せるわけよ」  そこで、名探偵とでも言いたそうに、ドヤ顔してる。 「答えは……」 「……」 「エッセンス!」 「……は?」 「だって、教師と生徒、そんな禁忌感興奮すんだろ? 男なら一度は夢見ちゃうシチュエーションじゃん。まぁ、俺の場合は美人先生か美人保健医さんだけど。とにかく、今はもうその禁忌感がないわけよ。ただの、どっかの学校の先生と大学生。歳の差……いくつだっけ。フツーじゃん? 盛り上がるシチュ要素が少ないじゃん」  歳の差は七つ、だよ。まぁまぁ、あるけど。 「そこで当て馬もしくはネトラレ系、今、人気急上昇シチュで盛り上がる。ジェラスィゥシィー」  何その発音。  っていうか、そんなん、巷で流行ってんの? 「そんなわけで、あそこまで行って俺がその当て馬役をやってみました」  それで、頭触ったのか。 「どう? その後、楽しめたかね?」  ちょっと、また、少し違うけど。 「っぷ」 「? 何」 「いや、まぁ、デートは楽しかったよ」 「あら、そう? それはよかったな」 「うん」  ちょっとズレてるけど。 「つーか、志保、何課題なんて勉強しちゃってんの? デート楽しすぎて、頭おかしくなった?」 「なってない。フツーにこれ、今日の講義で続きやるからやっといただけ」 「え、マジで?」 「この教授、進めんの早いからやっておかないと追いつかなくなるだろ」 「確かに」 「だからなだけ」 「マジか、ヤバい!」  その途端に、魔法の杖だったシャーペンは大慌てでノートに向かわされる。  ちょっとズレてるけど。  でも、盛り上がった、かな。  ――あくびが止まらない。 「!」  そんなメッセージが手に持っていたスマホに届いた。 「ふはっ……」  それからとにかくでかい口であくびをしている面白顔のキャラクター。  先生、スタンプとかけっこう使うよね。あんま、前は想像できなかった。そういう先生って。 「おま、ヨユーだな、恋愛が上手くいってるからって、勉強も上手くいくとは」 「解けたよ」 「え? マジでっ」  ――先生、今度、一緒に見たい映画があるんだけど、週末、行こうよ。  長い間そうだったからかな。どうしても染み付いてた片想い感。それはきっと俺だけじゃなくて、先生もで。どこかで、今、先生は俺の恋人、っていう感じがちゃんとしてなくて。俺は先生の恋人って、しっかりとは思えてなくて。  授業中でもなんでも、先生からメッセージが届いたら俺はすっごい嬉しいのに。  先生もそうだって思えてなかった。 「何、嬉しそうに笑ってんだよ」 「別に、なんとなく?」  ――もちろん。  そんなメッセージと一緒にまた送られてきた、また変な顔の人のスタンプに笑った。  ね、嬉しい。 「はーい、講義始めるぞー」  講義が始まる直前だって、講義中だって、リュックの中でスマホが揺れて何かを知らせてくれたら、邪魔なんて思わないよ。面倒だな、なんて思わない。ただ、先生からメッセージが届いたかもって嬉しくなる。  先生から、メッセージが来たかもって、ちょっとテンションが上がるだけ、なんだ。

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