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第32話

 中間試験とか、少し懐かしい。  大学も試験期間とかあるけど、なんか、高校の時のとはどこか違ってる。学科によっては、テストじゃなくて、レポートとか論文提出を代わりにする場合もあるし。  あの、ぎゅっとした「勉強しないと」って感じを詰め込んだ空気はないから。  けど、先生って仕事がこんなに忙しいなんて知らなかった。  色々な報告書とか、なんか教育なんとかの資料提出とか。それから学校内でも、先生たちで係の仕事があるとかで。  マジでフツーにお手伝い必要じゃんってくらい。  なのに俺の相手たくさんしてくれてたんだなぁって。  俺らは、まぁ試験期間は勉強しないといけなくて、大変だけど、先生は変わりないのかなって思ってた。試験期間中って毎日半日でしょ? 学校終わるの。だから早く帰れるのかと思ってた。けど、そんなことなくて。  全然早く帰れるわけなくて。  むしろこの期間のうちに片付けないといけない仕事があって。  でも、中間試験は短いからまだマシらしい。これが期末になるともっと大変なんだって。  だからまたしばらくしたらやってくる期末の時はもっと我慢しないと、だよね。それがちょっとヤだけど。まだしばらく先のことだし。  とりあえず今日のデートが終わっちゃったら、その試験期間に入っちゃうから。  しばらく、会うのとか、無理そうだから。  だから今日は泊まりのデートにしてもらえた。夕方、今の時間が、五時半過ぎ。撮影、少し押しちゃったんだよね。待ち合わせは六時なんだけど、間に合うかな。車で迎えに来てくれるんだけど、停める場所とかあんのかな。やっぱ、撮影が終わり次第、俺が電車で向かった方が良かったかも。  荷物多いだろって、電車じゃ大変だから迎えに行くよって言ってもらって甘えちゃったけどさ。先生、困らせちゃってないかな――。 「わ、SHIHOの肌ツルッツル」 「ぇ? あ、りがと、ございます」  先生、今頃どうしてるかなぁって、考えながら、自分の手元、見てた。 「撮影、長かったねぇ」 「あ、なんか、カメラマンの人がテンション高くて」  カメラマンの人も色々で。すっごく褒めてテンション高く撮る人もいれば、淡々と撮る人もいる。ファッション雑誌とかだとまた違うのかもしれないけど。  今日、撮ってくれたカメラマンの人もすごい褒めるタイプの人だった。 「へー、そうだったんだ」 「……」  顔を上げたら、メイクさんがにっこり笑って、前髪をピンで留めてくれる。  これ、結構、苦手。  前髪上げて、顔丸見えになんの。  前髪で隠してるわけじゃないけど、額丸出しにされると、なんか無防備にされてる感じがして。 「肌ケアも頑張ってる? 髪もサラッサラ」 「あ、りがと、ございます」  髪も、肌も気をつけてるよ。  今日は新発売のシャンプーのネット広告の撮影だった。メインは髪。顔は重要じゃない。  よくあるじゃん。ネット通販とかのサイトでモデルさんとかが写っててさ、髪がサラサラ、みたいな写真。今日はそれの撮影だった。 「これコスメモデルレベルの肌だよぉ」 「えぇ、そこまでは」 「いやいや、マジで」  ちょっと嬉しかった。一応、謙遜はしたけど、美容系はそもそも頑張ってたから。再会できるかなんて分かんなかったのに、居残り続けた片想いのためにずっと。  先生にかまってもらえてた高校生の頃をキープしたくて。  肌とか髪とか、モデルって仕事柄、美容系は詳しい人も多くて情報もたくさんもらえるし。 「ほっんとうにキレイ!」 「あ、りがと、ございます」  ペコリと頭を下げて、鏡の中の自分を見つめた。  あ……うん。  確かに、今日とか肌いい感じ。  昨日、念入りにケアしたし。 「……」  今日、デートだからって、頑張った。 「やー、もうメイク乗りもハンパないぃぃ、すっごい!」 「ぁ……」 「? ね、今日、この後、予定あり?」 「え? なんで」 「さっき、時計気にしてるっぽかったし」 「あ、すみません」 「ううん」  メイクの人が俺の髪を指で漉いて整えてくれる。 「もしかして、今日の雰囲気、気に入ってる?」 「ぇ?」 「整えて、メイク直しとこっか」  普段は、撮影終わったら、メイクオフして帰るだけ。  別にすごい人気のトップモデルとか、芸能人じゃなくて、広告雑誌とかの職業モデルだから、マネージャーがいるわけでもない。指定の時間に指定のスタジオに一人で入って、スタッフさんからもらった衣装に着替えて、自分で動いてく。  必要な分のカットが撮影できたら、はい終わりでーすって、メイクはオフして「お疲れ様でした」って帰るだけ。 「この後、出かけるんなら少しだけ、もう気持ちナチュラルに仕上げ直したげるよー」 「ぁ」 「ツヤツヤ肌が素敵だったから」 「りがと、ございます」 「いえいえぇ」  ちょっと、嬉しかった。 「メイク、寝る前にはしっかり落としてね」 「あ、もちろん、はい」  先生が「あれ?」ってドキドキしてくれるんじゃないか、とか思ったり、して。 「あ、そだ。これもあげるー」 「え?」 「ハンドクリーム。まだ販売前のなんだけど、この前、同業にもらって、感想とか集めてるみたいでね」 「……」 「試供品」  冬用のなんだって。だから、まだ秋だけど、パッケージは雪の結晶が舞い散る綺麗なデザインだった。 「いい香りだったよ。どうぞ」 「あ、りがとうございます」  そして、鏡の中にいたのは、少し、確かにいつもよりも肌がピンク色な気がする、お泊まりデートに嬉しそうにしてる自分だった。

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