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第36話 羽ばたく鳥
ボーダレスなコスメ――それがメインイメージなんだって。
手、全身、髪、身体のどこにも使ってOK。
性別も、商品の用途もボーダレス。
冬の乾燥から全身を守りつつ、冬でも紫外線カット効果を備えて、ほのかな香りでリラックス効果も抜群。
それのイメージモデルの一人に起用された。
広告は四人のモデルを起用する。男性が二人、女性が二人。
俺以外の三人のモデル、知ってる。
テレビとか雑誌でよく見かけるタレントだ。
男のほう。名前は平川大師(ひらかわだいし)。歳は知らないけど、この間、ドラマに出てた。背が高くて、モデルみたいに顔が小さくて、女性タレントとかの方が、顔、でかいこともある感じで、並びたくないだろうなぁって思いながらテレビ見てた。黒髪で、黒い服着てたせいか、黒豹みたいなイメージだった。肌が白くて、黒がよく映えるって、自分でわかってそうな感じ。
女性のうちの一人は恋愛リアルバラエティで話題になってた。名前はレミ、としか知らない。恋愛バラエティとか見ないから。けど、大学で飲み会とかの時に話題になってたから知ってる。その恋愛バラエティですごい人気になって今はドラマにバラエティ、なんでもできるマルチタレントってやつ。
もう一人は、海外で活躍もしてる、本格的なモデルで。日本でならトップの枠の中心にいるんじゃないかなってくらい。
ハーフとかなのかも。完全アジア人って外見だけど名前がREって、読み方わからなかったから覚えてた。
その中に、ポツンと、職業モデルが入ってるって感じ。
マジで「誰? 君」ってレベルなんだけど。
「……すご」
社長からメールで送られてきた、今回の企画書に思わず、そんな言葉が溢れた。
もう企画書からして違うし。
いつものはペラペラの紙一枚に、内容と着る服とかの説明が一応載ってて、スタート時間と終わりの時間が書かれてる。あと、撮影場所に、担当カメラマンさん。それから、企業名。
もう完全業務用企画書。
けど、これ、多分そういうのじゃない。
クライアント? とか? わかんないけど、そういう人たちに向けてるパンフレットだ。
「あ、ここにいた! 相田ぁ」
「……山本」
「なぁなぁ、今週末って、やっぱデート。その日、飲み会やるんだけど、来る?」
「行かない。つーか、行けない」
「あ、バイト?」
「んー……」
もうこれ、バイトって言っていい感じの撮影じゃないし。
――お前、良いもの持ってるのにもったいないって思ってたよ。これはチャンスだと思うぞ。
チャンスって言われても。
もったいないって言われても。
「なぁ、山本」
「あー?」
「タレントのレミって知ってる?」
「は? レミって、あのレミ? 知ってるも何も知らない奴いなくないか? 可愛いよなぁ。この前、テレビ出てたけど、隣にいたお笑い芸人の顔の半分しか顔なかった。小さくてビビった」
そこまで小さいか? それはそれで怖い気がするけど。標準的な顔のサイズの半分だとしたら。
「じゃあ平川大師は?」
「知ってる。この前、一緒に飲んだ子が好みは平川大師でーすって言ってて、俺、狙おうと思ってたのに、即断念したね。あれを好みって、無理だろ。誰も該当しねーわ」
「じゃあ、アール、イーは?」
「あーるいー? あぁ、りー?」
「よく知ってるな」
「つーか、リーって、相田の方が詳しいんじゃねーの? 同じモデルじゃん」
「……知らない」
むしろ山本が芸能通みたいに全員を知ってて、そっちの方にも驚いたけど。
知らないよ。俺はただのチラシとかのモデルでとにかくたくさんのお手頃価格な服を一日中着ては脱いで着ては脱いで、向こうはパリコレとかで目玉飛び出るような高い服を着て、颯爽とウォーキングをするモデルなんだ。雲泥の差すぎてもう別次元。
「リー、綺麗だよなぁ。足、俺のここまでありそう」
言いながら、山本が自分の胸の辺りを手で指し示した。
山本は背が高いから、そんな奴の胸の辺りまで足があったら、ちょっと怖いけど。でも、本当に生まれ持ったモデルとしての才能がすごい感じではあった。
「俺、今度の週末、その三人と撮影があるから無理、飲み会」
「そっかぁ。そりゃ無理だわ。経理の仕事だったら、そんなの社長にやら………………えええええっ?」
「ボケが長いよ」
「は? え? はい?」
俺も驚いたけど、それ以上に山本が驚いてくれて、その分、今度は俺がなんだか冷静に、今の自分が置かれてる状況を考えられた。
「今度発売のコスメの広告の仕事もらった」
「……すごっ!」
「で、その三人と一緒に撮影する」
「……すっご!」
「な、すごいよな」
「羽ばたくねぇ」
羽ばたいてんのかな。
パタパタと。
信じられないし、驚くばかりで、なんか実感も何もない。
「コスメかぁ。コスメのモデルかぁ」
「そう……らしい」
「俺も撮影同行したい!」
「いや、俺もそもそも場違いだと思うから」
それに。
「まぁ、頑張れよー」
「んー……」
きっと今回だけ、だろうから。
「また人気者になっちゃうんじゃないのお?」
「……ならないよ」
そもそもなってない。
――志保。
俺は、先生に好きになってもらえたら、それだけで有頂天になれるんだ。あの人に好かれたいだけなんだ。
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