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第37話 毎日だって来ていいって
好きな時に来ていいって、言ってた、し。
遠慮とかしないでいいって、言ってた、し。
荷物も持ち込んで良いって、言ってた、し。
「……」
けど、そんなすぐに来るとは思わない?
試験期間中は忙しいって言ったのに、好きな時に本当に来ちゃったのか、って思わない?
でも、いいって、言ってたよ。
だから、えいっ! ってメールを送ったんだ。
――今日、先生んち、行ってもいい? 鍵、本当に使っちゃっても大丈夫?
そう、思いっきり硬いボタンでも押すみたいに力を入れて送信した。
忙しいのか、全然既読がつかなくて。
そしたら、きっと行かない方がいいんだろうけど。
会いたくて、足はジリジリと先生のマンションに向かってた。今度、モデルですごい大きな仕事することになるって言おうと思って。
やっぱ評価してもらったのは嬉しかったし。
それに何より、そうやって評価されるってことは、見た目、悪くないってことでしょ? それを先生に言いたいっていうか。先生に、アピールしたいっていうか。
既読つかないってことは読んでないじゃん。メッセージ。
メッセージ読めないくらいに忙しいよね。
けど、明日はもう試験終わってるよね? 明日は学校あるけど、試験は今日までって言ってた。なら今日は採点したりする?
忙しいのは確定。
帰り、遅いかな。
けど、大人しくしてるし。
先生が丸つけしてる間はどっか部屋の隅っこにいるし。
泊まり……は、できたらしたいけど、できないなら、ちゃんと帰るし。
鍵、使いまーす。
マジで?
入るよ?
泥棒じゃないからね?
なんも盗む気ないし。
ちゃんと、上がっていいって言われてるからだからね。
鍵を手に持つと、急に心臓がドキドキして、その瞬間、階段を上ってくる足音がした。忙しなく階段駆け上ってる足音に、別に悪いことしてないのに、なんか、緊張して、鍵を開ける手が止まった。
「!」
階段駆け上がってきたのは、先生、だった。
扉の前、まさに鍵を開けようとしたところで、その部屋の主人が登場して、慌てて、どぞ、ってそこから一歩引いた。
「あっ、ごめっ、あのっ」
マジで来ちゃった。ごめん。勝手に来ていいよって言われてからまだ数日しか経ってないのに、本当に来ちゃってごめん。
忙しいのに。試験、今日終わったばっかなのに。
忙しいって言われてたのに。
なのに。
「油断した」
「あ、あのっ」
もらったばっかの鍵をもう使おうとして。
「ごめん、まだ」
きっと忙しいよね。ちょっとだけ報告したいことがあっただけで、メッセージて言えば良かったんだけど。
「言ってすぐに志保が来てくれると思ってなかったから」
「……」
「だから、まだ来たりはしないだろうって油断してた」
「……」
「メッセージ読んで急いで帰ってきた」
「え? あ」
先生のマンションの最寄り駅に着いたところではスマホに返信が来てないか確認したんだ。いいよ、って返信が来てたら、全然、来れるから。もちろん、今日は無理って言われたら、断念しないとなんだけど。でもそのどっちの返事もなくて既読もつかなくて、だから、すごい自己判断で来た。
俺が送ったメッセージには、駅についた時にはなかった既読がついてる。
「走ったから、息がやばいな」
「え? ごめ」
「いや、既読つけられなかったから、帰ったかもって、急いで、帰ってきただけ」
本当に、息、切れてる。
「さっき、すぐそこでメッセージ確認したんだ。今さっき。それで、帰らなくていいよ、来てもらっていいって、引き留めようと急いだ」
そう言って笑ってくれる先生。
「まだ、帰ってなくて、よかった」
その額にうっすら汗が滲んでた。
走って、くれたんだ。
ちょっと走っただけで息切れるなねt運動不足だなって、前髪をかき上げながら、ふぅ、って一息置いてる。
「試験期間中はスマホ類は電源切って置かないといけないんだ。普段はいいんだけどさ。変なルールだよな。試験期間はダメとか」
先生が、学校のルールに不服を言うのって、初めて聞いて、なんか新鮮だった。そうなんだ、先生も、学校のおかしなルールに「変」って思うことあるんだって。
「鳴ると隣の先生が渋い顔するから。一応、規則通りにな」
「うん」
ソファに座って、キッチンから話しかけてくれる背中を見つめてコクンと頷いた。
それで、既読つかなかったんだ。そっか。
「あの、今日で試験終わりでしょ?」
「そう。だから、今日くらいは早く帰ろうかなと思って。で、電車乗ったら寝ちゃって。ツイさっき、コンビニの辺りでスマホの電源入れて。志保からメッセージ届いてたから」
そこから急いで帰ってきてくれた?
「久しぶりに走ったな」
「あのっ、ごめん」
「なんで?」
だって、走らせちゃったじゃん。
「俺は志保が来てくれて嬉しいよ」
「!」
うちに来てもいいよって言われて、じゃあ早速って、図々しくも来ちゃったのに。
「本当にいつでも来ていいよ」
あんま、そういうの言わない方がいいよ。
「毎日だって」
そんなの言われたら、俺、ホント、けっこう調子に乗るよ。
知らなかったけど。
案外、俺って、図々しくて、本当に、こんなふうに会いに来ちゃう奴、みたいだよ。
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