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第39話 仕事

 高校生の頃は夢中すぎて、今も夢中なんだけど、子どもだったからなのかな。  わからなかった。  セックスの幸福感、みたいなの。  ――風呂上がりで、色っぽい。  なんか、あの時の先生、激しくて、すごかった。お風呂入って一緒に寝るんだって思ったら、もう一回って欲しがってもらえて、なんか、そのもう一回がすごく激しくて、本当に溶けちゃいそうだった。触れてもらったところ、突いてもらった場所、全部、丸ごと、先生の熱で溶かされちゃいそうだった。  先生に欲しがってもらえるのが、嬉しくてたまんない。  けど、一つだけ、欲しかったなぁなんて。  キスマーク。  撮影があるって言ったからかな。キスマークもらえなくて、ちょっとだけ残念だった。もらえたらマジで、本当に最高だったなぁって。だって週末は会えないんだし。  少しくらい、先生の印が欲しかったなって。 「おーい、ちゃんとコンセプトとか頭に入れたか?」 「?」 「おいおい」  きっと、この撮影って本当に、すごいこと、なんだろう。 「わかってるよ。社長がデータで送ってくれたの読んでおいた」 「……はぁ、本当に大丈夫か?」 「大丈夫だって」  社長がスタジオまで同行したの、モデル始めたばっかりの時の最初の一回っきりだったから。 「その割には緊張感ないんだよなぁ」 「……だって」  そんなこと言われても、ね。 「あんま緊張してないし」 「はぁぁぁ」 「大丈夫。マジで大事な仕事なのも、一緒に撮影するモデルがすごい人ばっかなのもわかってる」  けど、やっぱり緊張はしないんだ。 「まぁ、そういう淡々としてるところがあるからこそなんだけどな」 「?」 「こっちの話だよ。とりあえず、失礼のないようにな」 「うん」  そして、社長が運転する車がブレることなく右に曲がって、スタジオに向かう中、今週末が終わればまたいつも通りだから、週末、会えるかなぁって、考えてた。  いつもは大掛かりな仕事じゃないし、スタッフも最少人数で。スタジオだったり、屋外の時もあるけど、それでも付いてるスタッフは数人。 「本日はよろしくお願いします」  だから、こんななんだって、びっくりした。  大きなスタジオに、手をいくら伸ばしたところで届く訳のない高い高い天井。スタッフだって、こんなにいるんだって驚くくらいの人、人、人。そんなスタッフたちが忙しそうに目の前を行き来してる。 「本日は、どうもどうもこちらこそ、よろしくお願いいたします」  社長と、きっと何かの偉い人が名刺交換をしているところを眺めてた。 「お待たせしてすみませーん、平川大師、入りまーす」  あ。 「すみませーん。ドラマの撮影が押してしまって」  平川大師。 「すみません」  背、高い。首が長い。サングラスとか、なんか芸能人っぽい。 「こんにちは」 「!」  そのサングラスを取ると、キラキラって、本当にキラキラした瞳を細めて挨拶をしてくれた。慌てて、下っ端の俺がボケッとしてじゃダメでしょって、大急ぎで頭を下げて。 「メイク、入りますね」  今日のスケジュールにこの人は二時間早くスタジオ入りって書いてあった。今回のコスメのメインテーマは「ボーダレス」だから、男性の平川大師はメインの中のメインを務めるらしくて、単品撮影が入ってた。  ドラマの撮影で遅れたんだ。  この間見かけた、今放送のドラマかな。  忙しいんだろうな。 「SHIHOもじゃないの?」 「え?」 「撮影、メイク」 「あ……えっと」  声、低い。それとよく通る声。口がでかいから? 声もデカくて、背も高くて、とにかく目を引く。黒髪に黒い衣装、テレビの画面越しに受けた印象とあまり変わらないけれど、でも、思っていたよりも話しやすい感じだ。 「俺、専属いるから、メイク、同時に入れるよ。ドラマあったから、俺はメイク直すだけだし」 「ぁ」 「ジカンタンシュク」 「はぁ」  けど、その時間、遅れたの大師の方でしょ。って、内心思いながら、ぺこりと頭を下げた。 「あ」 「わぁ! この前の志保くんだ」 「ど、も」  メイク、この前の人だ。肌を誉めてくれた人。  ペコリってまた頭を下げると、メイク台の前に座らされた。大師は専属のメイクさんがいて、どかっと長い足を投げ出すように座った大師の前髪を慣れた手つきでピンで止めていく。 「あの、今日もよろしくお願いします」 「こちらこそー、やっぱタイアップ来たよねぇ。カメラマンさん、めっちゃ気に入ってたし」 「いや、そんな」 「私も、この肌は感動だった! 女子でもそうそうこの美肌はない!」 「ぁ、りがとうございます」 「知り合い?」  そこで隣にいた大師がちらりと視線だけをこっちに向ける。 「そうなの。この間、ね? 私がメイクしたんだけど肌ツヤツヤで、もう輝いてて」 「へぇ」 「カメラマンさんが志保くんのことすごく気に入ってて」 「へぇ」 「でも原石感すごいもーん。わかるよー」 「確かにな」  そこで、本当に大師の方はメイクが終わってた。直すだけでいいからなのか、専属の人だからなのか、あっという間に終わって。 「あ、志保」 「え? あ、はいっ」  いきなり呼び捨てとか、どうなんだろ。俺が格下とはいえ、失礼じゃね?  まぁ、俺も心の中では大師って呼び捨てだけど。 「先に行ってる」 「ぁ、はい」  すごい。  直した、だけ? メイク。  けれど、鏡越しに目が合った平川大師は、さっきとまるで印象が違った。シンプルに目を引く。まるでそこだけデジタルで塗られた黒のように色が濃くなって、吸い込まれそう。  目が、勝手に彼を追いかけてく。 「気をつけてねー」 「?」 「大師くんって、手が早いから」 「ぇ」 「もう、志保くん、大師くんに気に入られてるよー」  そんなことを言われて、ポカンってしてたら、またメイクさんが俺の肌に触れて、ツヤツヤって、昨日、たくさん可愛がってもらえた素肌を褒めてくれた。

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