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第40話 SHIHO
狙ってるって言われてもさ。
別に、誰にどう思われても、先生じゃないのなら、意味なんてなくて。
先生以外なんて。
「わ……すげ……」
「今日はコスメの広告だからねー。ちょっと、メイク感出してるよー」
この間と同じメイクの人がやってくれてたのに、鏡の前にいる自分がまるで別人で驚いた。肌が陶器みたいだ。唇もいつもよりもふっくらしてて。
「けっこうメイクしたんだけど、しっくり来ちゃうから本当に綺麗な顔してるんだよー。大体、嘘っぽくなっちゃうんだよね。馴染んでてすごい」
「……ありがとう、ございます」
「ううんっ、今日イチいい仕事させていただきましたっ」
鏡越しにぺこりと頭を下げて、それからもう一度マジマジと自分の顔を見つめた。
「……」
ウソみたいに華やかさが増した自分に驚いて、思わず、鏡の向こうに手を伸ばして自分だと確かめるくらい、違って見えた。
すご。
その二文字がずっと頭の中にある感じ。
だってさ。
「初めましてぇ、レミでぇす」
「初めまして、リーです」
「お、すげ、美人じゃん」
そこで、「おい」って顔でレミとリーが平川大師に振り返った。
確かに、本当に顔が小さい、リー。レミはテレビで観ている感じよりももっと小柄だった。リーの背が高いからかもしれない。
それで平川大師はダントツでデカくて、顔が小さくて、もう異次元じゃんって思った。
一通り挨拶を交わすと、すぐに撮影がスタートする。誰一人として戸惑うこともなく、ポージングをしていく。
「お、いいねいいね」
そんな空間に自分がいる不思議。
「テーマはボーダレスだから、好きに動いちゃっていいよー」
好きにって、言われても。俺がやってたのなんて通販サイトのだし。基礎とか教わったわけじゃないし。
撮影するスタジオにはソファーとテーブル、それから花瓶でも爆発した? って言いたくなるくらいに弾けて飛び散ったように花がばら撒かれてる。
その空間で好きにしていいって、一体、どうすれば。
「背、いくつ」
「え?」
ここで話しかける? って戸惑いっぱなしの俺に、レミがにっこりと笑った。
「俺?」
「そ。他にいないじゃん」
そう、だけど。レミはもうカメラの方を向くこともなく、真っ直ぐに俺の方を見つめてくる。俺は、カメラが気になって、けど、グイグイと視線を覗き込もうとするレミに困惑してる。
「百八十……ないけど」
「そーなんだぁ。私もチビだよ」
「ぁ……はぁ」
何これ、普通に話してくの? カメラは?
「っていうかぁ、シホくんってぇ」
「俺も混ぜろよ」
「えーやだ」
「なんでだよ」
「大師、この前、レミの友達振ったから」
知り合い、なんだ。
まぁ、どっちも人気すごいから接点とかあるのかもしれないけど。
「仕方ないじゃん」
立ち話してて、いいのかな。っていうか、俺、その立ち話でもうろうろしてるだけだけど。これでコスメの宣伝になるの?
ならなくない?
「座れば?」
低い声にハッとして振り返った。
リーだ。
「せっかくソファあるんだし」
え? そういう理由で座るの?
「あ」
リーはちらりとこっちに視線を投げてから、花が降り積もってるソファから一輪ずつ花を取ってくれる。
「どーぞ」
「あ、ども」
座るのが正解なのか、立ったままでいるのが正解なのか。
パシャパシャとシャッター音と、それからレミと平川大師の声が響いてる。
「……騒がしいよね。あの二人」
「……はぁ」
「……貴方、変わってる」
俺? どこが? ここじゃフツーの。
「服の着方上手だし」
「え?」
「上手」
「あ、りがと」
「それに……」
「?」
じっと覗き込まれて、なんか、色々見られそうで、ドキリとした。何もかも、全部、見られそうで。
その、俺の。
「やっぱり、変わってる。楽しそう」
「?」
「あー、そこで、何かイチャついてるし」
「ほんとーだ」
そこにレミと平川大師が加わって、なんか、ソファの上が一気に華やかさを増した。俺はその華やかな中で狼狽えるばかりで。
「同じモデル同士意気投合してたの」
え、俺がモデルってわかってた? なら、服の着方なんて、それこそモデルにしてはビミョーって思ったんじゃ。そっちの方が一流でこっちは二流どころか三流だし。
「私も、シホくんと意気投合する」
それ、山本が聞いたら、泣いて悔しがるだろうな。
「じゃあ、俺もシホと意気投合する」
…………それは、なんか、遠慮したい、かも。
そして、気がつくと、カメラマンのシャッター音が消えて、いつの間にか、「オッケー」の声が響いてた。
すげ。
今日、何回目の言葉だろう。
一日中それを呟いてた気がする。
けど、でも、本当にすごかったから。
「……これ、俺?」
そう呟きたくなるくらいに別人みたいですごかったら。これがモデルなんだ。
カメラマンさんが送ってくれた撮影した写真をみんなでチェックしてた。三人はもちろんすごいんだけど、その中にいる俺はまるで別人みたいで。まるでリーやレミ、平川大師みたいに輝いてて華やかだったから。
艶やかな模様のソファの上、笑いながら花のように派手で色づいてるダンジョン四人の中に俺がいる。
ほら、俺なのに。
ちゃんと俺なのに。
別人みたいで。
「すげ……」
今日何度も胸の内でなら唱えてた言葉が口からポロッと零れ落ちるくらい。
いつまでも見てられるくらいに、画像の中にいるSHIHOが本当にすごかった。
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