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第41話 芸能人

 ――全てがボーダレス。美しくなる、その境界線は。 「…………すげ……」  もう何回、そう呟いただろう。  自分の、でも、いつもの自分よりもずっとブーストがかかった「SHIHO」があっちこっちにいて、不思議な感覚になる。  俺だけど、俺じゃない。  俺じゃないけど、やっぱ、俺。  あの撮影からそんなに間を置くことなく、すぐに、テレビ、ポスター、ネット、ありとあらゆるところで、あの日に撮った写真達が出現した。  本当に出現した感じ。  こんなにデカく自分の顔があるって、なんか。 「……すげ」  ほら、また、そんな呟きが溢れた。  何メートルになるんだろ、あれ、二メートル? いや、もっと、だろ。五メートル? 駅ビルの大型液晶ビジョンでは、写真だけじゃなく、その日、いつ撮られてたのかわからない映像が秒刻みに展開するコマーシャルが流れてた。  俺、あんな顔することあるんだ。  あ、あれ、レアが俺の瞳の中、覗き込んだ時だ。カラコン。入れないんだねって、今時珍しいねって言ってたんだ。瞳の色を変えたいなんて思ったことがなかったから、珍しいって言われて驚いたっけ。確かにレミは淡い紫色の瞳が綺麗だったけど。 「ちょ、おまっ」 「! わっ」  びっくり、した。 「お前なぁ」  襲われるのかと、思った。強盗とか、そういうのに。 「フツーにこんな場所で何、顔晒してんの?」 「え、だって……って、あ、平川大師」 「ほんとだよー。危ないよ? シホくん」 「……ぁ、レミ」  強盗じゃなかった。 「っていうか、なんで俺だけフルネーム呼びなんだよ」  だって、レミはレミって名前で、リーは、リーとしか公表されてなくて、フルネーム公表してるの、平川大師だけだったから。  全員、その名前が「名称」だったから、ってだけだよ。  やっぱり芸能人御用達みたいなところなのかな。お洒落で、出てくる飲み物も食べ物も、宝石みたいに綺麗だ。  個室だけど、いつも俺らが行くような個室と全然違う。リラックスできて、このままここで寝転んでられそうな広い部屋。  山本がここに来たら、「すげえええ」を何回連発するかわかんないくらい。まぁ、俺も、同じようなもんだから、ずっとリラックスできるはずの空間で一番落ち着いてないけど。 「フツー、あんなでかい駅前のとこで、帽子もサングラスもなしで、ボーッとしてないだろ」 「そうなの?」 「ねー。レミなんて、それやったらもうどこにも行けないよー」  大学もフツーに行ってるし、困ったことはないし、どこにも行けなくなったりしたことないよ。 「……全然」  そう答えたら、三人がそれぞれ目を丸くした。  そりゃ、そっちの三人はそうだろうけど。もうオーラっていうか歩いてると目を引くから目立つとは思うよ。そっちはさ。けど、俺は全然、一般人に紛れられるだろうし。大学で「あ、あれって」ってこっそり呟かれることは前からで、その当時とそんなに大差ないから。 「でも、レミの友達、みんなシホくんのこと絶賛してたよ。超良いって」 「あ、りがと」 「私もどこのブランドと契約してるのか訊かれた」 「え? してないし」  強いていうなら、ファッション通販の、サイトとかかな。 「シホ、ドリンクは? 追加しねーの?」 「あ、もう……俺は」  今日は、この間の撮影の打ち上げをしようって連絡をもらった。レミはそのキャラクターのまま、人見知りしないタイプらしくて、撮影が終わったと同時に連絡先を交換した。すごい人気なんだから、あんまそう簡単に男と連絡先交換するのはどうかと思うよって言ったら、キョトンとしてた。ほぼ同じ年代のはずなんだけど、なんか俺だけ古くさいのかと思うくらい、軽くて、ふわふわとしたテンションで。 「まだそんなに飲んでねーじゃん」 「あー……」  打ち上げって言っても、スタッフさんとかはなしで。ただ、あの時集まった四人で晩飯食おうみたいな。堅苦しくないやつ。そのほうが気兼ねなく喋って食べられて楽だからって。でも、その分、多忙な三人のスケジュールが合わせられなくて、日にちが空いたんだ。マネージャーさんとかが仕事の一環というか延長として設定してくれた「打ち上げ」じゃないから。完全プライベートの、友達と飲む「飲み会」みたいなものだったから。 「俺、この後、予定があるから」  そこで平川大師が目を丸くした。 「え、お前、この後も仕事? そんなに多忙なモデルだっけ」 「! 失礼だな。プライベートだよ」 「……へぇ」  この後、先生に会う約束してるんだ。土曜日だけど、今日学校が土曜日だけどあって、その後、先生達で飲み会があるらしくて。一次会が終わったらところで先生と待ち合わせをすることになってた。  だから、そんなに飲んだりするつもりはなくて。 「そっかー。でも、だからなんだぁ」 「?」  何が? って、首を傾げると、レミがにっこりとポスターにでもなりそうな満面の笑みを浮かべて頬杖をついた。 「なんか、今日のシホくん、髪がふわふわでかわいい感じ」 「!」  そりゃ、そうだよ。 「肌もツヤツヤぁ」  そりゃ、そうでしょ。 「そんなこと、ないでしょ」  先生とデートなんだから。

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