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第42話 素敵な街

 山本たちと飲んだりするような、雑多な繁華街じゃない場所は静かなのに、整然としていてほのかにいい香りだってしてた。けど、どこか落ち着かなくて、お酒、二杯飲んでも酔っ払いそうになかった。  テーブルも、ソファも、照明も、隅から隅まで洗練されていて、自分には、なんていうか。  芸能人って普段こんなところで飲んだりするんだなぁって。  どこか他人事で。  自分のいる場所とは、別の世界を覗き込んでいるような感じで過ごしてた。レミの業界話も、リーの立ち振る舞いも、俺にとっては自分の周囲にはない煌びやかさがあって、眩しかった。  平川大師もそう。  大学生のやたらとはしゃぎまくるテンションとか、騒がしさとかがなくて、低い声と、ゆったりとした口調は、同じ歳くらいのはずの「大学生」にはない雰囲気で。  芸能人って、こんなふうなんだなぁって。 「はぁ……」  なんかちょっとお腹空いた。 「……」  先生はまだ飲み会中かな。  先生達の飲み会って学校の近くでするものなのかと思ってた。  実はその逆。むしろできるだけ遠く、大きな都市部の繁華街でやるらしい。他の学校がどうなのかは知らないけど、あの学校はそうなんだってさ。  学校の近くとか、その近辺だと保護者さんに会ったりするかもしれないから。  学校の先生だって人間で、大人で、外で飲むことだってあるのに、大変だよね。  けど、そのおかげで、今日、この飲み会の場所と近くて、ちょっと嬉しいけど。 「……」  やっぱりまだ連絡、来てないよね。スマホの、先生から送ってもらえたメッセージは今日飲み会に行ってきますってところで止まったままになってる。  九時に終わるって言ってたけど、九時ちょうどに解散なんてないんだろうし。  先生からの連絡がないことを確認しながら、店の外に出て、行きよりも涼しく……どころじゃない、むしろ肌寒くなってきた、秋の風に肩をすくめた。  薄着すぎた。もう一枚、なんか羽織ればよかった。  うちを出た時はこの格好で少し暑いかもとか思ったけど、失敗した。そう思いながら、先生にメッセージを――。 「志保」 「ぇ、えっ」  送ろうと思ったら、先生の声がして、びっくりして変な声、出ちゃったじゃん。はず……。すごい変な声だった。 「……え、なんで、先生」  ほら、先生も笑ってるし。 「飲み会終わったから迎えに来た」  九時に終わるって言ってなかったっけ。  けど、今、ちょうど九時だよ。 「もう、終わったの?」 「あー、まぁ」  どっかにドア、あった? 異次元的な、あの、ポケットから出してもらえる、魔法のドア、みたいなの。ポケットからさ、取り出すと、ビヨーンって大きくなる、あの扉。 「志保は?」 「うん?」 「楽しかった?」 「うー、うん。うん?」 「どっちだ」 「うん」  ねぇ、そんな素敵なドアがあったりした?  ねぇ、ねぇ。 「なんか、すごいところだな」 「うん、ね」  芸能人御用達のバーがあるような素敵な街は、ほら、グリーンにだってお洒落なデザインで決まっててさ。ビルの垣根すら写真に納めたくなるような素敵な装いで、尚且つ、それをライトが「ね? お洒落でしょ?」って言いたそうに照らしてる。葉の一枚だって、デザインされてるみたいに。どこを切り取ってもお洒落で。行き交う人だって、足音すら違う気がしてくる。  持ってるスマホもきっとハイスペックだよ。  女の人の履いてるヒールはきっと一センチ高くて、男性の持ってる腕時計はきっとゼロが一つ増えてるような高価なもの。  ね。  きっと、素敵なものしかない。 「先生は?」 「んー?」 「楽しかった? 先生達の飲み会」 「まぁな」  けれど、そんな素敵なものしかない場所は、ちょっとさ。  俺は女の人の一センチ高いヒールに合わせて背伸びしなくちゃいけない感じ。つま先立ちして歩いてるみたい。 「志保は覚えてるかわからないけど」 「?」 「音楽の」 「えー? あ、なんだっけ、えーっと、は……林」 「近い、小林先生」  先生が笑いながら、秋風に少し肩をすくめた。ね、ちょっと寒いよね。 「小林先生が酔っ払って歌ってた」 「あは」 「少し寒いな」 「先生、駅まで、人が多くなるところまで手を繋いじゃ、ダメ?」  おずおずと手を差し出した。 「いいけど、志保は」 「別に大丈夫だよ。今日も来る時なんもしないでフツーに来たし」  先生達の飲み会って学校の近くでするものなのかと思ってたよ。 「酔ってる」 「えー酔ってるの先生じゃん。手、すごいあったかい」  できるだけ遠く、大きな都市部の繁華街で飲み会するんだね。わざわざ、こっちまで移動して、土曜日に。 「俺は酔ってないよ。あんま酔えなかったし、お腹も空いた」 「食べなかった?」 「食べたけど、食べた気がしなかった」  学校の近くとか、その近辺とかだと、保護者さんに会ったりするかもしれないから遠い場所で飲むんだって。ちょっと面倒だねって思ったけど。 「うち、なんかあったかな」 「コンビニでいいよ。肉まん食べたい」 「あ、いいな」  けど、そのおかげで、今日の飲み会の場所と近くて一緒に帰れる。  先生のこと知ってる人がいない場所だから、こうして手も繋げた。 「後ピザまんも」 「いいよ」 「あと、期間限定の角煮まんも」 「あぁ」  だから、この素敵な街で、少し寒いくらいの秋風の中で、よかったって思った。 「たくさん食べるな」 「先生の顔見たらお腹空いた」 「なんだ、それ」 「あはは」  先生がいたら、俺、きっとなんでも「よかった」って思うんだって、思ったよ。

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