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第46話 移ろいゆく

 指輪買いに行こうって話してたんだけど。  旅行は冬休みにって行ってたから、まだだけど、その冬休みの旅行も場所とかも一緒に決めたかったんだけど。  できたら、ゆっくり先生の部屋とかで、楽しく決めたかったし。なんなら、俺の部屋に先生が来るってことに。 「えぇ? 来週末、撮影?」 「あぁ、ファッション雑誌の」  なってたんだけど。 「すごいぞ、女優の、ほら」  そう言いながら社長が移動中の車の中から、前に見える大きな液晶モニターを指差した。  知ってる女優さんだ。  この前、先生のうちでテレビ付けたら、やってたドラマの。俺は部屋にテレビがないからあんまりドラマとか詳しくなくて、そのドラマが人気かどうかまではわからないけど。 「彼女とその彼氏っていう設定らしい」 「えぇ……」  ツーショットで撮るんだって。ファッション雑誌のデート向けコーデの。 「すごいことじゃないか」 「けど、毎週撮影なんだけど」 「仕方ないだろ。お前、大学があるんだから」 「……」  そう、大学があるから撮影は週末ばかり。それは前から。通販雑誌のモデルも基本、撮影は週末だった。平日は事務仕事とかを人手の少ない小さな事務所で手伝ってた感じ。事務の人、いるんだけど、子どもが小さいらしくて、休むこともけっこうあって、その小さい子が風邪引くと、必ずって言っていいほど移っちゃったりして。お子さんが風邪で休んだとしたら、そこから自分も治すまでってことで一週間とかいなくてさ。  俺は、将来の勉強にもなるし、全然事務やっててよかった。その分時給稼げるし。社長が適当な人だから、自分の都合で事務手伝いしてよかったし。  けど、それも今はあんましなくて良くなった。社長がちゃんとした事務専任の人をもう一人雇ったから。 「大学、休ませるわけにはいかないだろ」  そう、なんだけどさ。  親に大学のお金出してもらってるし。  だから、それでいいんだけどさ。 「そんな不貞腐れるなよ」  週末が撮影日。  けど、忙しさが桁違いっていうか。  通販サイトの仕事は「たまに」だった。一ヶ月に一回か二回くらい。そこにネット広告のモデルの仕事が入ったり、入らなかったり。  どっちの仕事も、俺でもいいし、俺じゃなくてもいい仕事だった。 「すごいことじゃないか」  今は「俺」にオファーが来る。  SHIHOに、モデルとして仕事が来る。  きっかけはもちろん、この間の「ボーダレス」だ。  あの写真がすごく好評だった。  そのおかげで、「SHIHO」っていうモデルが人の目に留まるようになった。 「ほら、着いたぞ。スタジオまで少し歩くから」  社長が必ず送り迎えをするようになった。  今までは俺が一人で指示されたスタジオに電車で行ってたのに。  電車じゃ人目があるからって。  事務の人が一人増えて、車移動になって。 「こら、志保、マスク。この辺は人多いから」  外を歩く時はマスク推奨。 「……はい」  SHIHOだってバレないように。それから、風邪とか引いて、撮影の迷惑にならないように。 「昨日はこの辺りハロウィンのイベントで凄かったから、歩道が……」 「……」  気がついたら、そうだよ、ハロウィン、だったんじゃん。  仮装はしないけど、先生の仮装とかあったかもしれないのに。  ――ハロウィンとか、なんか、したい。  そんな話してたのに。  そのイベントの日のこと、普通にスルーしちゃったじゃん。先生はとくに「ハロウィンだな」とかメッセージで言ってなかったし。  ちょっと楽しみにしてたのにな。  完全、頭になかった。  昨日、先生とメッセージでやり取りしたけど、そんなこと言ってなかった。また中間試験があるから忙しいって言ってただけで。  ――仮装する?  そう言って、先生笑ってたのに。 「今日は、撮影とインタビューがあるから」 「……はい」  周りが変わっていく。瞬く間に。ちょっと待ってって言いたくても、言ったそばから色々が変わっていく感じ。通販サイトの撮影の時とは違うテンションの撮影に、今まではやったこともないインタビュー。 「今日はちょっと寒いな」 「……」 「もう冬だなぁ」  夏にたくさん着たTシャツみたいだ。  秋になってもすごく暑くて、ねぇ、夏っていつ終わるわけ? なんて思いながら、夏と変わらない暑さに、毎日Tシャツで大丈夫だったのにさ。急に寒くなって、急に鍋とか食べたくなって、急に扇風機がいらなくなる。慌ててTシャツを片付けて、ニットを引っ張り出すみたい。  昨日は暑くてTシャツだったのに、今日は寒いからニット。  秋服を着る間もなく冬に変わったみたい。 「ほら、志保、行くぞ」 「ぁ」  あっという間に、変わってく。  ほら。  夏が気がついたらどっか行ってる。 「……うん」  見上げた空は青空じゃなくなってた。少し雲が多く、青色が淡く、それから街路樹の緑は赤色と焦げたような黄色が混ざってた。  でももうその葉っぱの色を、見上げて、眺める暇もなく、夏を追い出すみたいに吹く北風に揺れて、舞って、地面に落ちてた。そしてきっともうすぐに冬が来てしまうよって、行き交うブーツに革靴、サンダルじゃない足元たちがその葉っぱを踏んでいく。  あっという間に、季節も、景色も、周りも、変わっていく。

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