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第47話 いらない忠告
別にモデルの仕事が……ってわけじゃない。
あの仕事、確かに楽しかったし。あの、「ボーダレス」の広告の仕事。自分が自分じゃないみたいだった。あんなふうに、一瞬でも、なれる自分がいたんだって驚いたし。
いい感じって思えたし。
けど、でも、周りが「待って」って言ったそばから変わっていく感じがして、戸惑うんだ。
先生の側に――。
「よぉ」
「!」
撮影の合間だった。
スタッフの人が色々次の撮影の準備をしてくれてる間、邪魔をしないようにって端のところで休憩させてもらってた。
知り合いなんてほとんどいない。
モデルの仕事は何年かしてるけど、ジャンルっていうかレベルが違いすぎて、萎縮しがちで。
だから、声をかけられて、飛び上がるように背筋がピンと伸びた。
「平川」
「偶然、俺もここのスタジオで撮影だったんだ」
「お、つかれさま」
「おー」
そう言って、平川がどかっと俺の隣にあった空席の組み立て椅子に座った。
「今日、なんの撮影?」
「なんか、インタビューとそのインタビューの様子を写真に撮るって」
「へぇ」
「そっちは?」
「俺はファッション誌の。なんだ、志保も同じ雑誌の撮影かと思った。じゃあ、ミックスで撮ってもらおうぜって言おうと思ってたのに」
ミックスって。
「この前みたいなやつのこと、俺と志保とレミとリー」
「あぁ」
複数人で撮るってことか。
「……なぁ」
「?」
「あれ、恋人?」
「?」
「この前の飲み会、一緒に帰ってるとこ、見た」
「!」
あんな人の多い場所にまた帽子もマスクもなしで帰ろうとするから、追いかけて帽子を貸してやろうと思ったんだ、と、椅子に浅く座って、身体を預けるように背もたれにもたれかかりながら、頬杖をついてる。
先生と一緒に帰るとこ、見られてたんだ。
「男、だったけど」
「……」
「どう見ても、オトモダチには見えなかったし」
「……」
「恋人? あ、別にそれを言いふらしたりはしないから。そんなダサいことはしないからさ」
確かに、平川は人のそういうゴシップとか興味がなさそうだった。この間の打ち上げの時だって、レミが盛り上がってた芸能人同士のくっついた離れた、みたいな話を興味なさそうにしていたから。けど、毛嫌いするとかでもない、楽しそうに話すレミを眺めて、微笑んでる感じで、大人だって思った。
だから、先生のこと、隠さずに、そのまま。
「そう、だけど」
そのまま伝えると、少しも驚くことなく、ただじっと俺の顔を数秒見てから、浅く座っていた椅子に、今度は深く座り直した。
「すげぇ、フツーの一般人じゃん」
静かに、少し、笑いながらそう言われて、奥歯の辺りがぎゅっと力んだ。
「? それが何?」
「最近付き合ったの? それとも昔から?」
そのどっちでもあって、どっちでもなくて。答え方に迷う。
昔からの気持ち。
でも、まだ何もかも初めてばかりで、戸惑うくらいに真新しい関係。
「最近、だったら、早めに切った方がいいと思う」
「!」
「昔からなら、上手に切った方がいいと思う」
「! な、なんでっ、そんなことっ」
まだ数回しか会ってない平川に言われなくちゃいけないんだよ。
「ありきたりなことだけど」
どっちにしても別れろ、とか。
「今、いい感じに注目集まってんじゃん。志保に」
「それは関係」
「あるだろ」
「ない」
「実際、今、仕事忙しいんだろ?」
「!」
「そんなこれから人気だって出てくる志保の相手があんなフツーのサラリーマンって、微妙すぎて、プロモのプラス効果が一気に半減どころかほぼ壊滅する」
「別にっ」
「俺もレミも、それに、あのリーだって、志保のこと気に入ってんの」
「知らないし」
「あんな一般人となんて、やめとけ」
そんなの平川に言われることじゃない。そんな指図されて、ああ確かに、なんてなるわけがない。気に入ってくれなんて俺は言ってないし、思ってない。
言葉が詰まるくらい、苛立ちが喉奥、腹の底から沸々と湧き出て来て、頬の辺りが燃えるように熱くなってく。本当にそんなことお前なんかに言われたくない。
「関係ないだろ」
「それに、別れてあげた方がいいと思うぜ?」
もうこれ以上ここで、先生のことをとやかく言われたくなくて、席を立とうとしたところだった。立ち上がって、一歩踏み出そうと。
「どうせ、揉めて、ぐだぐだになって傷つくんだから。芸能人と一般人、しかも、性別とか、モロモロ」
その足が一度止まった。
「別れてあげるのも優しさってやつだよ」
その言葉に一瞬、足が止まる。別れてあげるのが優しさ、なんて、絶対にありえないことなのに。
「あ、ちなみに、俺、志保ならイケるから、相手してやるぜ? っていうか、気に入ってるし。同業だから口も硬いよ」
それから足早にその場を離れた。
「いらない」
そんな捨て台詞だけを吐いて。
だから、その後にあったインタビューは散々だった。平川への苛立ちがひどく胸の辺りを爛れさせて、受け答えをする声が、後で社長に「どうした」って言われるくらいに、低く、不機嫌な響きを持っていたから。
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