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第51話 元気になる方法

 セックスって、すると、嬉しくて嬉しくてたまらなくて、「やったー」って飛び上がりたくなる行為だった。 「ご機嫌、直ったか?」 「別に、機嫌悪くなってないし」 「そうか」  先生が笑った。  そして、ポンって、俺の頭を撫でてくれた。洗ったまんま、セットもしてない朝起きたまんまの素の髪に。機嫌、本当に悪くなんてなかった。けど、テンションは下がってた。  今は、もう全然。 「ほら、朝飯」 「うん」 「いただきます」 「いただきます……」  セックスで元気になるなんてことあるんだって、知った。 「来週は?」 「……撮影」 「ブスッとしないように」  だって、また週末会えないんだから、ブスにもなるじゃん。  そもそもブスだし。そう言おうと口を開きかけたら、鼻を摘まれて、キュッと口が閉じた。 「可愛い顔」 「! っ」  そんな顔、してない。けど、眩しそうに目を細めて笑ってくれるから、なんか照れ臭くて俯いた。 「撮影、頑張れ」  けどさ、もう週末全然会えてない。大学サボったところで先生は学校で先生してるから来てもいるわけじゃなくて。あんなに生徒と先生だったのがイヤだったのにさ。今は顔見て、他愛のないこういう普通の会話できるだけでもラッキーじゃん、なんてわがままだけど思うくらいに、ちっとも会える時間がないんだ。 「平日、来れそうな時があればおいで」 「え、けど」 「大体、八時には帰宅してる。先に来てのんびりしててもいいし、夜遅くでもかまわないよ」 「でもっ」  それじゃ、先生の邪魔にならない? 仕事、たまに自宅でも持って帰ってきて、やったりしてるんじゃないの? ここでPCで。 「志保が来れない週末にでも仕事は片付けるよ」 「!」 「志保が来たいなら、だけど」 「来る! 来たい!」  思わず、大きな声になった。朝イチから元気な返事しちゃった。まるで子どもみたいに。そんな俺に楽しそうに眉を上げて、笑って、はいはい、って言ってくれる。  ねぇ、本当に、来ちゃうからね。  ねぇってば。 「いつでも来ていいって言ってるだろ? 合鍵、渡したんだから」  そうだけど。  でも、先生の邪魔にはなりたくないじゃん。だから、やっぱ、そう言ってもらってしばらく経った今は、ちょっと来にくかったりしてさ。 「だから、週末の仕事、頑張るように」 「うん。わかった」 「いい事務所だな」 「えぇ?」 「大学の方に影響ないように配慮してくれてるんだろ?」 「そう、だけど、そうでもないよ」 「?」  首を傾げた先生に、今はそうだけどって説明してあげた。モデルで忙しくなるまでは事務仕事とかガンガンにやってたし、なんだったら広報とか、電話番とか。まぁ、電話番は暇だったからいいんだけど。昼寝しててもいいし、ゲームしてても大丈夫。電話だけ鳴ったら出て、内容メモして終わり。今はそうはいかないみたいで、事務の人もう一人増やしたくらいだけど。電話とかけっこう頻繁にかかってくるらしくて。 「でも、まぁ、事務とかも、いつか仕事するようになったら、勉強っていうか経験値になりそうだからいいけど」 「志保はやってみたい仕事とかは?」 「えー……なんか先生みたい」 「先生でも、ある」  なんか少し、そこで自慢気な顔をした先生が可愛くて、ちょっと笑った。それからしばらく、ほんの瞬きの間くらい、一応考えてみたけど。将来就きたい仕事? とか?  特に今のところ、ないんだ。  多分、理系の、今学んでることが活かせそうというか、大学に届く求人の中から、良さそうな条件と、勤務地くらいを見比べて決めるんじゃないかなって、ぼんやりと思ってる。 「モデル?」 「えー、どうだろ。バイト感覚で始めたし」  それこそ、高尚な理由なんてないよ。先生に見てもらえるかもーなんて、そんな理由からだったし。 「まぁ、本当に先生みたいなことを言うと、人それぞれだと思うよ」 「?」 「なりたいって思ってその仕事に就く人もいるだろうけど、とりあえずで入ってみたら面白くて、その仕事にずっと就く人もいる。もちろん、合わなくて辞めることも」 「……先生、は?」 「もちろん、教職はなりたいって思ってついたよ。それでも色々苦労もするからな。だから、新卒で入ってきた教員と話すのは初心を思い出せたり、楽しかったりする」  そう、なんだ。そういうの、初めて聞いたかも。 「楽しい…………かな」  ポツリと俺が呟いたら、先生がキュって口元を上げて笑った。 「モデル、なんか、なんていうか、バイトで始めたけど、別人みたいになれたり、あと、一瞬、を写すからかな。自分がこんな顔することあるんだって、驚いたりもする」 「へぇ……」 「だから、ちょっと、楽しい、かも」 「いいな、それ」  そう? わかんないけど。すごい志高く、とかってわけじゃない。すごいプロ意識があるとかでもない。だからきっと、本業っていうか、ハイファッションとかのトップモデルの人からしてみたら、全然笑っちゃうような、モデルの端っこって感じなんだろうけど。 「……うん」  でも、俺、この、モデルってけっこう、好き、かも。  そう、朝ごはんを一緒に食べながら思ったよ。

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