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第52話 モデルの仕事

 なんとなくで始めたモデルの仕事だったけど。  いつまで続けるとかもあんまり考えてなくて、人気になりたいわけじゃなくて、売れたいとかでもなくて。  ぼんやりと思ってたことは、今はモデルしてるけど、そのうち、新しく誰かがスカウトされるだろうから、それまでかなぁ、とか。そのくらい。その後もここで事務バイトできたら楽かなぁ、とか、ホント、そんな感じだったけど。 「はーい、じゃあ、次、SHIHOさん、笑ったバージョンでお願いしまーす!」 「は、はいっ」  ちょっと、楽しい、とか思ったりしてる、かな。 「お、そうそう。そのままそのままぁ」  笑った顔って言われて、ニコッと笑って見せると、カメラマンさんが「うーん」と小さく唸ったのが聞こえた。  変、だったかな。けど、笑ってみたつもり、だったんだけど。 「SHIHOくんって、大学生だっけ」 「あ、はい」  なんか、話が始まった。俺と、カメラマンさんとで。  今日のカメラマンさん、そういうふうに話しながら撮る人なのか。けっこう色んなタイプの人がいる。テンション高かったり、指示が驚くくらいに細かかったり、逆に好きに動いていいよって人もいる。もちろん、無口な人も。 「大学、楽しい?」 「あー、まぁ、そうですね」  今日は多分、話ししながら撮る人っぽい。 「飲み会、よく行く方?」 「あんま、です」 「えー? だって行ったらモテるでしょお?」 「いや、別に」  そんなの欲しくないし。 「じゃあ、ここ最近行った中で一番楽しかった場所は?」 「え? 場所?」 「そう。あーでも最近忙しいか」  いや、あるけど。水族館。でも、誰と行った? とかになる? 水族館が楽しかったっていうよりも水族館に先生と行けて楽しかった、だけど。先生とだったらきっとどこに行っても楽しいから。 「……あ、じゃあ、行きたい場所は?」 「行きたい場所? ですか?」  ――旅行、どうかと思って。 「あ! ある! 旅行、冬に行きたいって」 「! ……へぇ」  俯いて、カメラのレンズを覗き込んでいるカメラマンさんが笑ったように感じた。 「場所は? もう決めてる?」 「あ、まだ、だけど、多分、温泉」 「お、雪景色で温泉とかいいじゃん」 「あ、確かに」  いいな。  先生と一緒に温泉浸かって、雪、冬休みだったら降ってるかな。この辺は雪あんまり降らないから、積もることもないけど。でも、雪景色の中で露天風呂とか、きっと最高だと思う。  先生と、二人で。 「近くでいいから、ゆっくりしたいなぁって、思ってて」 「……いいね、それ」 「あ。それと、イルミネーションも見たいかも」 「おー、いいねぇ。あそこおすすめだよ。少し車で走るけど」  そう言ってカメラマンさんが教えてくれた。カメラマンが言うんだから言って損は絶対にしないなんて笑ってる。電車でも行けるけど、車の方がいいでしょって言ってた。便利なのもあるけれど、何より、もう有名人の仲間入りだからって。 「あとは……」 「いいね、たくさん行きたいところがあるんだ」 「はい」  あ、やば。 「? SHIHOくん?」 「あ、の、すみません」 「?」  笑ってって言われたのに。 「笑顔、すんの忘れてた……です」  笑うの忘れておしゃべりしてた。  そこで、カメラマンさんがパッと顔を上げて、目線を俺へと移して、じっと見つめること数秒。 「あはははっ」  急に大きな声で笑った。 「あの」 「大丈夫。いい写真撮れてるよ。あとでプリントアウトしてあげようか?」 「え、いや、俺自分の写真ってあんま」  自分が写ってる写真ってあんまり得意じゃない。好きじゃないっていうか、得意じゃない。自分が写った写真って、なんでだろう、慌てて伏せて視界から外したくなるんだ。 「そうなの? 大丈夫だよ。すごくいい写真だから」  そしてカメラマンさんがまた目線をファインダーへと向けたら、カシャカシャと素早く連続でシャッターを切る音がした。 「今日は、ありがとうございました。お先に失礼します」  多分、これで今日の撮影に参加してたスタッフの人全員に挨拶した、はず。社長が車をスタジオの裏口に回してくれてるから、もう行かないとって、ぐるりと今日いたスタジオの中を見渡した。 「あ、いたいた。まだ帰ってなかった。よかった」 「あ、お疲れ様です」  今日、撮ってくれたカメラマンさんだった。 「はい、これ」 「……」 「うちでプリントしたらもっといいんだけどね。コンビニのコピー機だからちょっと落ちるけど、でも、まぁ」  それは、俺の、写真。 「これ、君が、冬に旅行って話してくれてた時の顔だよ」  すごい笑ってる。笑ってるつもりなかったのに。俺、笑顔作るの忘れてたって慌てたのに。 「解像度は問題じゃないから」  笑ってる。 「ね? すごくいいでしょ。モデル、頑張って」 「ぁ、ありがとうございましたっ」  お疲れ様って柔らかな声で言ってくれたその人に深く頭を下げて、大きな声で「お疲れ様でした。またお願いします」って言ってた。 「…………」  うん。 「……すげ」  まぁ、楽しかったり、する、かな。 「……こんな顔」  モデルの仕事。

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