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第54話 先生に会えない、つまらない日

 明日ならけっこう長く先生のとこ、いれるかな。今日のうちにこの課題片付けておけば、多分、大丈夫……だと思う。  そんなことを考えながら、車の中で昨日から取り掛かってる課題をやっつけてた。 「勉強熱心だな」 「……まぁ」  運転席から少しだけ顔をこっちに傾けながら、社長がそんなことを言った。  別に勉強熱心なわけじゃないんだ。  先生に会っていられる時間を少しでも長く、多くしたいだけで。 「今日の撮影はツーショットだからな」 「あ、うん。わかってる」  相手はグラビアって言ってた。グラビアとか興味なくてよく知らないけど、山本に言ったら知ってるかもしれない。最近は山本にそういう話、今日はこんな撮影があるんだ、とか、誰と一緒に仕事するんだ、とか、あんまできなくて。宣伝とか、契約とか、守秘義務があったりするから。 「……お相手さんと必要以上には接近しないように」 「しないってば」  多分、社長が心配してるようなこと、つまりは、そのグラビアとプライベート的な関係みたいなの、は絶対に、本当にありえないから。  女の子興味ない。っていうか、先生以外に興味なんてない。  だから、フイって、窓の外に顔を向けた。  とてもつまらないとでも言いたそうに、口をへの字に曲げてみせて。  胸がすごい大きいんだって。  知らないし。  顔が可愛いけど、デビュー前と全然違うらしくて、整形疑惑ありらしい。どっちでもいいし、どうでもいい。整形をバッシングする気もそもそもない。  あとは……あんまりわからない。 「ほら、着いたぞ」 「はーい」  外に出ると一気に冬の雰囲気がする空気に肩が勝手に丸まる。 「寒いな」 「うん」 「風邪引かないように」 「わかってるって」  だって風邪なんか引いたら、先生にしばらく会えなくなるじゃん。それでなくても会える頻度減ってるのに。 「控え室用意してもらえてるから」 「はい」  スタジオの出入口で社長が入管手続きをしてくれた。  グラビアとのツーショット撮影、か。  女性情報誌ので、彼氏彼女の裏話、的な特集記事のところに添えられる写真、ってことだった。  つまりはそのグラビアと彼氏彼女風に撮らないといけないものだった。  くっついて、彼氏風に。  それがちょっと嫌だけど。  写真は四カット。  半日で終わるって。 「あれ? 志保くんだ」 「あ……レミ……さん」  スタジオに入ろうとしたところで、数人のグループが足早に前から歩いてくるのが見えた。その中心にいたのは。 「やっだ、レミでいいよ。友だちじゃん」 「あー、ありがと。レミ……」  モデルとしての仕事が増えて、色んな場所で色んな写真撮って、色んな人と一緒に仕事をするようになったら、レミがどれだけ人気のタレントなのかとか、すごくよくわかった。だから、あの時よりもなんか気軽に話しかけちゃいけないって知ったっていうか。身分違いっていうか。  今だって、専属メイクとか衣装の人が数名、本当に取り巻きみたいに周りを囲んでた。まるでボディガードがいつでも行動を共にしている重役みたいに。もうその時点で俺と全然違うってわかる。  そのくらい「価値」のあるタレントなんだと思うとさ。  けど、あの時みたいに名前を呼ぶと、元気に「はーい」なんて言いながら返事をしてくれた。  そんなレミが「先に行っててくださーい」って和やかに呟くと、その取り巻きみたいになってたスタッフさんがそそくさと通り過ぎていった。 「今日は撮影?」 「あ、うん。これからツーショットの」 「へぇ、そうなんだ。えー、志保くんとツーショする子、ラッキーだね」 「?」  そう? か?  平川ならともかく、俺?って首を傾げてみせた。相手が超絶人気のタレントならまだしも。俺じゃ、さ。 「私も志保くんと仕事できるのラッキーって思うもん」 「?」 「なんか肩意地張らなくていいっていうか、ナチュラルで仕事ができる雰囲気」 「……あ、りがと」 「それじゃあ、頑張ってね。また一緒にお仕事しようね」 「あ、うん。こちらこそ」  にっこりと、本当に完璧って言えるほど可愛く微笑んでレミが、取り巻きたちが向かった先へと急足で向かっていった。 「ほら、志保」 「あ、うんっ」  そして、俺も社長と一緒に、次の撮影に向けて、足早に向かった。  撮影は順調に終わった。  グラビアの女の子は確かに胸がデカくて、顔は可愛かった。  あと、声が、グラビアだとあんま伝わらないのかもしれないけど、甘ったるくて、鼻にかかった感じが、ちょっと苦手だった。  笑った顔はレミの方が格段にナチュラルで、可愛いと思った。  声も、わざとらしくて、あんま。  もちろん、一ミリも、そういう邪な意味で今日の仕事相手を見ることはなかったけど。 「悪いな、志保、少し待っててくれ。車をこっちに持ってくるから」 「うん。わかった」  ビルがぎゅうぎゅうに詰まった街の中のスタジオ。駐車場はあるんだけど、すでに満車で、社長の車は少し離れたところに置いてあったんだ。そこからこっちに車を持ってくるって言って、社長だけが駆け足でスタジオを飛び出した。俺はそのスタジオの出入り口のところにあった、ポツンと誰も座ってくれなそうなソファに腰を下ろしてた。 「あ、お疲れ様でしたぁ」 「! お疲れ様です」  さっきまで一緒に仕事していたグラビアの子だ。  一人?  マネージャーとか、一緒にいないのか? 「もう帰るんですかぁ?」 「あ、はい今、車待ちで」 「そうなんですねぇ」 「あの、お一人で?」  ちょっとそのままで帰るの、不味くないか? 眼鏡も帽子も被ってなくて、胸が強調されたような服で。ここのスタジオの前の通り、結構人が行き交ってるのに。 「そうなんですぅ」 「え、あの」 「タクシーあるかなぁ」 「あ、じゃあ、俺、タクシー拾うの手伝いますよ」 「わ! ありがとー」  そして、彼女と一緒にスタジオの外に出ると、昼間よりもずっと、ぐっと、気温が下がっていて、突然の寒さに身体が身構えるように縮こまった。

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