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第55話 トラップ

「今日の撮影ご一緒できて嬉しかったですぅ」  嫌に絡まりつく甘ったるい声。 「あ、いえ……こちらこそ」  こういう人、あの子を思い出す。  いっつも先生の隣を陣取ってた女子。  すごく苦手だった。あからさまな媚び方が鼻について、ちょっと苛立つんだ。そして、そんな苛立つ自分も少しイヤで、苦手だった。先生の隣を独り占めされたことを妬んでる自分が、ひどくかっこ悪く思えてくるから苦手だった。 「タクシー捕まるかなぁ」 「どう、かな」 「寒ぅい」 「そうですね」  タクシー早く捕まらないかな。けど、手持ち無沙汰なタクシーが見つかってくれなくて、もっと手を一番高く伸ばして道路の先を覗き込むようにした時だった。 「あれ、志保くん、タクシー?」 「あ、レミ」 「こんばんはー、そちらの人が今日、志保君と一緒に撮影してた人?」 「あ、そう、えっと」  名前を言おうとしたところでレミがぎゅっと俺の隣にくっついた。  そして、帰るのなら、タクシー捕まえるの手伝うと笑って、両手を振って、道路に向かってアピールしてくれた。すると、まるで吸い寄せられるようにタクシーが一台、道路の脇へと寄せて来てくれた。 「どぞ。タクシー捕まったよ」  グラビアの彼女は、少し驚いた顔をして、それから、さっきまでの甘ったるく鼻にかかったことは全く違う、同じ人が出してるとは思えない、声で返事をして、タクシーに乗り込んで行った。  なんとなく、不服そうにも見える横顔に、俺はいつもどおり、ちゃんとお辞儀をして、そのタクシーが発射するのを見送った。 「あの、レミ、ありがと。タクシー停めてくれて」  レミのおかげですぐにタクシーが停まってくれた。  タクシーを捕まえるのよりも早く、もうそろそろ車を取りに向かった社長が戻って来そうで、本当に助かったんだ。撮影以外で親しくなったりしないようにって言われてたし、もしかしたら、車に乗って行く? とか言い出すかもしれないし。もちろん断るけど、断るのって、労力いるっていうか。相手が気分損ねないように気を遣いながら断る乗って面倒くさいから。  お礼を言うと、レミがじっと俺の目を覗き込んで。 「はぁぁぁぁぁ……」  そんな特大級の溜め息をついた。 「ぇ、何」 「……んもおおお、何じゃないよ! 今、もう少しでゴシップネタにされるところだったんだよ?」 「え?」 「あの子、志保君を使って、ゴシップでも名前売ろうとしてたんだってば」 「えぇ?」 「たまにいるよ? そういう子。ゴシップでもなんでも、知名度が上がればいいって子。だからマネージャーいなかったでしょ?」 「あ」  確かにマネージャーいなかったって、今気がついたという顔をすると、呆れたようにまた溜め息をひとつ。  でもそれじゃあ、ゴシップネタになることをマネージャーが容認してるってこと? 「名前売れたもの勝ちなとこあるからさ。芸能界なんて。知られてなんぼみたいな。あとはその後のプロモーション次第だよ。だから、まずは名前を覚えてもらうため。あたかも、撮影の後、二人でデートでもするみたいに歩いてれば、あとは勝手に週刊誌が撮ってくれる」 「けど、俺は全然」 「そのつもりじゃなくても、そう見えればいいってこと。タクシー拾ってあげる手伝いしてたとしても、夜、ぴったりくっついて歩いてたら、親密そうに見えるでしょ?」  確かに、結構距離近かった。 「事実なんて作っちゃえばいいんだもん」  胸の開いた服は寒そうだなって思った。そんな格好だから、夜、一人で歩かせるのはどうかと思って、声かけたけど。 「ぶりっ子してたでしょ?」 「……」 「相手は今、人気超急上昇中のSHIHO。若手同士だし、お似合いってなって、そこでSHIHOくん目当ての年代に名前覚えてもらえればいいやって感じ。実際、あの子、同年代の女の子にも人気あるんだよ」  そう、なんだ。 「で、私がくっついたからデートには見えなくなって、あの子、ムスッとしてたじゃん」  してた。急に甘ったるいあの声を出さなくなったからびっくりしたくらい。 「邪魔するの楽しかった」 「……」 「私、ああいう売り出し方する子、結構好き」  えぇ? そうなの? 「えげつなくて楽しいじゃん。売れたいって根性も好き。けど、相手が私の友だちなら話は別ってだけ」  レミはそう言って、にっこりと、また完璧に笑ってみせた。 「気をつけてね。そういうの気が付かないのは志保くんのいいところだから、変わってほしくはないけど、ああいうのたくさんいる世界だから」 「う、ん」 「それじゃーね」  レミはもちろんタクシーでは帰らないで、いつの間にか近くに停まっていた黒いバンに乗り込んだ。 「あ!」  と、そのバンにかけた足を一旦、戻して、俺の方に振り返った。 「けど、志保くん、けっこう変わった」  え、そう? かな。 「なんか、この間より、垢抜けたよー。かっこいいよー」  そう、あんまり思ってなさそうな軽い口調でレミが手を振ってくれた。 「バイバーイ」  人が大勢行き交う夜に、その大きく元気な挨拶は、やたらと響いて、みんなが振り返ってた。そのうちの何人かはきっとレミって気がついたと思う。慌てて、スマホを取り出したけど、そのスマホに姿を捉えられるより早く、そのレミを乗せたバンは走り去っていた。

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