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第56話 ぶりっ子

 いつも先生の隣は気が強そうで、自己主張の強い感じの女子が陣取ってた。  まさに、あのグラビアの女の子のまんま。  今もそうなのかな。  学校で、今もあんな感じの女子が必ず先生の隣を陣取ってるのかな。  甘ったるい声。  しつこくて、騒がしくて。 「どうした? 志保……テキスト? 勉強するためにうちに来たのか?」  そんなわけないでしょ。  ただ、あのグラビアの子のせいで、昔を思い出して、なんか先生に会いたくなったんだ。  キッチンカウンターのところで腕に顎を乗せて、授業を受けるのだとしたら、けしからんと叱られそうな体勢で先生のテキストを眺めてた。そしたら頭上から覆い被さるように先生が来て、俺の眺めてたものを見て笑った。 「和訳できたか?」 「んー……無理」 「ちゃんと読めば志保ならできるだろ?」  先生がお風呂に入ってる間、暇だったから、開きっぱなしになっていたテキストを眺めてただけだよ。  授業で使うのかな。ところどころに付箋が貼ってあって。  おーい、ここテストに出るぞー、なんて、心の中で、今、先生の生徒だろうどこかの高校生に向けて呟いてみたりしながら。 「えー? 俺、本当は英語苦手だもん。頭、理系だから」 「そうか? 英語よくできてただろ?」 「それは先生だから」  気に入られたくて必死に勉強してたもん。 「それに好きな人が教えてくれるならなんでも覚えられるよ」  あ……お風呂上がったばっかの先生から優しくて清潔感のあるボディソープと爽やかだけれどどこか甘さもあるシャンプーの香りがする。  すごいドキドキする。 「じゃあ……これ、ことわざ」  そんなの英語の授業で習うっけ? 今はそうなの? 「訳してみて」 「……うーん……」  英語のことわざ? ラブって書いてあるけど。恋愛のことわざとかあんの? 「ここで区切って訳すんだ」 「……失恋するのはマシ……とか?」 「……まぁまぁ、及第点。次は?」  なんか授業始まっちゃった。 「んー……恋をしない、全く、よりは?」 「三十点」 「低っ」 「失恋でも恋をしないよりはマシって意味」  えー? けど、失恋したくないよ。 「じゃあ、これは?」  今度は俺から訊いてみた。先生は俺が指し示したことわざが初歩レベルすぎて、わざと表情を曇らせてみせた。もっと難しい問題に挑戦するようにっていうみたいに。それから、スラリと答えてしまう。  恋は盲目。  俺でも完璧に答えられる問題。 「じゃあ、こっち、志保」 「えー?」  なにこれ。意味わからない。 「恋は鍵屋さんも笑う?」 「十点」  げ。さっきよりも下がったし。 「意訳するんだ。愛はどんな障害も乗り越える」 「えぇ? 意訳しすぎじゃない?」  だって鍵屋さんって書いてあるのに?  鍵屋じゃなくてもいいじゃん。 「どんな障害」をそのまま英語にするべきじゃん。点数が低くて不服そうな生徒に先生が笑って、その不服を申し立てている頬にキスをした。  それからセクシーでゾクゾクする低音で教えてくれたことわざを英語で発音してくれる。  すごい。 「機嫌、直ったか?」  はっず。不機嫌だったの、わかっちゃってた。 「う、ン」  けど、不機嫌が直るどころかムラムラしちゃったじゃん。  久しぶりに先生の授業受けた。けど、これじゃ俺、授業受けられないね。あの頃はこんなには、さすがにならなかったのに。  お腹の下の方、ジンジンしてきた。  まだ、勃ってはいないけど、でも、熱くなってきてる。 「ね、先生」 「?」 「撮影でね、グラビアの子と撮ったんだ」 「……へぇ」 「その子がさ、すっごいブリッ子で」 「……」  ブリっ子って死語? かな。 「ちょっとどころじゃなく苦手だった」  アピールする時ってだいたいあんな? なら、ちょっと、どうなんだろう。俺もそんななのかな。 「その子は俺に気があるんじゃなくて、ゴシップで名前を覚えてもらおうとしてたんだけどさ」 「……」 「あ、けど、大丈夫。前に一緒に仕事した、ボーダレスのコスメのさ、その時のレミって子が阻止してくれたから」  あの子は別に俺が好きで色目を使ったわけじゃないけど。 「じゃなくてさ」 「?」  まるで覆い被さるように俺の後ろにいた先生。両手を俺の両脇に置いて、左右の行く手を塞ぐように。その腕に手を置くと、お風呂から上がったばかりで、普段よりも体温が高くなってる。 「俺も、先生に、その、色目、みたいなの使う時、あんな、甘ったるい声出してんのかなって」  気持ちいいだろうなって思った。  今、先生に抱いてもらえたら。 「媚びた感じっていうか」 「……」 「必死って感じっていうか」  腕に置いた手、指先にちょっとだけ力を込めた。 「……どうかな」  えー、じゃあ、ぶりっ子してる? 俺。 「わからないな」 「?」 「甘ったるい、かは、わからないけど」 「……ぁ……っ」  首筋にキスされて、もうすでに熱っぽくなってきた身体が、嬉しそうに跳ね上がる。 「志保のやらしい声」 「っ、ん」  服の中にするりと忍び込んできた手に脇腹を撫でられて、そのまま指で、乳首を触られた。 「好きだけど?」 「あっ」  乳首をそのままキュッと抓られた。 「恋は盲目だから」 「っ……ん、先生っ」  振り返って、口を開いて、自分から先生の唇にキスをした。すぐに舌を絡めて、もっと乳首を可愛がってもらえるように、身体を捻ると、指で弾いて、摘んでくれる。 「……あ」  そして、服を捲り上げられて。 「あっ、先生っ」  感じてる硬くなった乳首を口に含まれた瞬間、甘ったるく、媚びた声で先生を呼んだ。 「あ、ン」  その声を食べるみたいな深いキス。 「志保」  合間に囁いて、呼んでもらえる自分の名前に、とても、すごくゾクゾクした。

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