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第57話 油性ペンで

 昨日、大学に向かう電車の中で自分のポスターを見つけた。 「ボーダレス」の。  一番よく見るのは平川太師がメインのポスター。  レミメインのと、リーがメインのもちょくちょく見かける。  それか四人それぞれ単体を四枚並べてることも。あと、四人一緒に写ってるのは「ボーダレス」発売当初から電車の中でよく見かけてた。  SHIHOメインのポスターを見かけることはほとんどなかった。当たり前だよね。無名の俺は単体じゃ宣伝効果なんて期待できない。だから「四人それぞれがボーダレス」の時にだけ。  けど、今日初めて、SHIHO単体がぽつんってあって。  びっくりした。 「おーい、こっちー、こっちだぞー」 「ちょ、社長! 声でかい!」  電車の中でその時は慌てて俯いたんだ。帽子とかメガネとか持ってなかったから。 「珍しいな」 「何?」 「志保がメガネに帽子してる」 「! こ、れは」  まるで有名人気取りみたいでやりたくなくて、いつでもいつもどおりにしてたけど、ちょっと、声かけられることが増えてきたからさ。  サインとか無理だし。  握手してくださいとかも、できたら……だから。 「やっと、芸能人の自覚出てきたか」 「な、ないっ、芸能人じゃないし、別にっ、そんなのはっ」 「ほら、いいから、乗って」 「っ」  促されて、素直に車の後部座席に座ると、社長がすぐに発進した。このあとの撮影、急いでるのかも。 「今日は悪かったな。ひとりでスタジオ最寄りまで来てもらって」 「別に、それはいいけど」 「忙しくてな」 「うん」  本当に忙しい。土日でモデルの仕事っていうのが多分結構、今のスケジュールだとギリギリ収まってるって感じがする。 「最近、めきめきと人気急上昇中のモデルSHIHOくんのおかげだな」 「茶化さないでよ」 「茶化してないよ。本当に人気急上昇でしょ」 「……」  そう、なの、かな。 「でも、今日の仕事は少し気が楽かもな」 「?」 「それと少し懐かしいかも?」 「?」  首を傾げると、社長がやたらと楽しそうにしていて、こんな時は期待外れか、的外れなんだよなぁって、思いながらスピードを出しすぎな気がする車の外の景色に視線を向けた。  普通の、よくあるスタジオだった。少し、大きめ、かな。  気が楽って言ってたし、懐かしいって言ってたから、通販の仕事なのかなぁとか思ってた。懇意にしている会社とかから頼まれたのかもって。 「あー、久しぶりぃ」 「こんにちは」  けど、違ってた。  控え室に入らず、人の行き来も多いロビーの近くにレミとリーがいた。控え室がそれぞれになってるとかなんだろう。ただ自販機が並ぶだけのなんのこともない一角なのに。この二人がいると、これはこれでお洒落な気がする空間に変わる気がする。 「あ、え、今日って」 「あはは、びっくりしてる。今日の撮影、ボーダレスの、ボーナストラック的な?」 「え?」 「SHIHOが人気出てきたから、ポスターのバージョン追加するんじゃないかなぁ。それで再集結」  そんなのあるんだ。 「すごい評判いいもの、今回のコスメもプロモも」 「あ、私もそれタレント仲間によく言われる」 「モデル仲間でも話題になってるよ」 「マジか。あー、このままここのメーカーと年契約できたらいいのになぁ」 「そうね。確かに」  それで社長がさっき、ああ言ったんだ。気が楽って。 「でもここのメーカーが契約してるのって、あの女優でしょ?」 「……あの美肌は流石に無理だわ」  確かに、気が楽、かも。  ずっと、知らない場所、知らないスタッフの中での撮影ばっかりだった。新しい場所を切り開くんだから当たり前なんだけど、全部が「最初」で、撮影が終わると、ホッと一息つく感じがすごくあった。 「けど、なんか懐かしいぃ」 「うん。随分前のことみたい」 「ね。だって、志保くん最近やばいよね」 「驚くわ」  それに、懐かしい。  あの時は本当に「俺でいいの?」って場違い感もあったし、レミにしてもリーにしても、「あの芸能人」って感じがして、驚いてばっかだったっけ。 「あ、平川くんももちろんいるよー。なんか、あいつ、志保くんに余計なこと言ったんでしょ?」 「え、あ」 「反省してたよー」  あいつ、反省とか、するんだ。 「気まずいって顔面にめちゃくちゃ書いてあって、リーちゃんと大爆笑だったんだから」 「そうね、気まずいって油性マーカーで書いてあるみたいだった」  そんなに? 「そろそろ志保くん来るんじゃん? って言ったら、そそくさと出てったくらい」 「自販機のとこにいるんじゃない? 出てすぐ右」 「ぁ……うん」  そんなふうな奴っぽくないのに。 「撮影、まだ時間あるのに、ずっとそこにいるのかね」 「そうかもね」 「あの、俺、ちょっと、行って来る、よ」 「いってらー」  レミとリーはくすくす笑いながら、よく俺が大学で見かける女子たちがおしゃべりをしているのと同じような雰囲気で、ひらひらと手を振っていた。  あいつは、出てすぐ、右、だっけ。  言われたとおりに先へ行くと。 「……ぁ」  そこに平川がいた。 「…………おー」  確かに。 「……なんだよ」 「いや、なんでも」  気まずいって、油性ペンで書いてあるみたいに、眉間にぎゅっと皺を寄せていて、モデルなのに、変な表情をしているのがおかしくて、つい、笑ってた。

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