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第58話 人気者
気まずい、って、本当に顔に書いてある、みたいな顔してる。
「っぷ」
「……なんだよ」
ちょっと、おかしかった。
「いや、平川みたいな奴も気まずいって思うことあるんだな」
「お前なぁ、俺のことなんだと」
「王様?」
クスクス笑うと、じっと俺の顔を見てから、自分でも笑ってる。
「レミにめちゃくちゃ怒られた」
「そうなの?」
「あいつは、まぁ、プライベートでもたまに飲むから」
「へぇ」
「もうボロクソに言われた」
「……」
どんだけ言われると、そこまで「気まずい」って顔になるんだろう。さっき話したレミからは想像できそうにないけど。
「最近、マジで忙しいみたいだな」
「……おかげさまで」
「だからこその、追加撮影」
そういうこともあるんだなって驚いた。追加とか。
「あからさまだろ?」
「?」
「無名だったから、この間はSHIHOの単体撮影は少なかった。なのに、それが売れ出したら、もう少しSHIHOのカットも欲しいとかさ」
「……」
「売れてる、売れてない、人気ありなし、無名、有名」
「……」
「笑えるくらいに露骨な場所だから」
そう言って、少し目を細めた平川はまるで映画のワンシーンにでもなりそうだった。自販機のところにあるソファに浅く座って、背中を預けるようにもたれかかってるのさえ、絵になるのに。そのくらい「見られる」ことがサマになる奴なのに。少し寂しそうで、驚いた。
「だからこその忠告だったんだ」
「……うん」
だって、平川なんて、寂しいとか思う暇、ないだろ? うちの大学でも、すごく人気で、ちょくちょく女子の話題に上ってるし。いつだって、どこでだって、誰かが羨望の眼差しを向けてるだろうに。そんな顔をする必要ないじゃんって。
「その……彼、氏、とは……長い、んだ」
先生って言いそうになった。慌てて、それを飲み込んで、じゃあ、なんて先生のことを話そうって思って、彼氏、って、言ってみた。
なんか、変な感じ。
山本にはずっと「先生」って言って話してた。それ以外の人には「先生」のこと話したことなかったから。
彼氏、だって。
軽くて、ありきたりな呼び名が、俺には嬉しくて、意外で、くすぐったくて、言ったそばからじっとしてるのが難しい。
だって、「彼氏」なんて呼ぶには、生徒と先生っていうのは、重くて。一番「普通」の恋愛から遠いところでしてたから。
学校で。
なっちゃいけない関係、だったから。
「一回、その、別れて」
「……へぇ」
「最近、また、その、付き合いだして」
「……」
なんだか、こう話すと、ありきたりなのに。
「だから、長いけど、短いっていうか」
「……」
「ずっと好きだった人だから、簡単に別れるとか、離れるとか、ない」
「……」
「ないから」
「……そっか」
平川がひとつ溜め息をついた。
それから遠くを見て、目を細めて。
きっと、うちの大学の女子とか、SNSを毎日チェックして、楽しそうにかっこいいって噂してる誰も見たことのない、誰も知らない顔だと思った。
「悪かったな」
「いや、あの」
色々、あったのかもって思った。
今、実際、俺も外歩く時は帽子被ってないと、ちょっと大変だから。街中でサイン求められたり、握手、リクエストされたり。見られる仕事ってこういうことなんだって、驚いてる。
実際、大学とかでは前から「モデルやってるんだって」って噂されたり、見られることはあったけど、でも普通に生活してた。少しだけの知名度なら、勉強にも影響なかったし。山本と普通に学食で食べたりできてたし。けど最近、ちょっと騒がしくて大変な時もある。
講義に関係ない学部の女子が混ざってて、ちょっと騒ぎになったり。
学食で飯食べてる時に写真撮られたり。
周りが少しざわついて、少し視線が多くなって、確かに落ち着かなくて。
普通に話せるのなんて、この人気になる前から話してた奴くらい。山本とか、同じ学科の数名程度。それ以外はどこか、なんか、違ってる気がする。
「俺、そもそもモデルって言っても、通販サイトとかのモデルで」
「ふーん」
「だから、平川とか、他の二人みたいな、感じじゃないんだ。それで、この間、撮ってくれたカメラマンさんが俺のこと推してくれたらしくて」
「……」
「だから、全然、その」
「応援、するよ」
「……え?」
「続くといいな」
「ぁ……」
「その彼氏と」
きっと、俺の比じゃないくらいに、平川の周りは視線だらけで、音だらけで、ゆっくりすることなんてないんだろう。外を歩くときは帽子かメガネ、あとはマスクとか。「何か」しないといけなくて、それは少しどころじゃなく窮屈だろう。
「ぁ、うん」
ゆっくり話をする相手も、きっと、数名なんじゃないかな。
「ありがと」
「今日の撮影は早く終わるかな」
「?」
「あいつ、レミとリーは勘がいいから、撮影早いんだよ。そうだと俺も助かる」
「あ、今」
「そ、ドラマの撮影と、映画、今度出るんだ。その打ち合わせとかあってさ。あ、映画は内緒な? 今、まだ公開してない情報だからさ」
「ぁ、うん。わかった」
きっと、どんな時も「言っていい情報」と「言っちゃいけない情報」を区別しておしゃべりをしなくちゃいけないんだろう。
ねぇ、先生、今日、俺撮影でさ、なんて、そんなふうに気軽に話せることなんて、とても少ないのだろう。
「サンキュー、助かる」
リラックスした顔で笑う平川にそんなことを思って、後で、先生にいつもありがとうって、変わらずそばにいてくれてありがとうって、言おうと、思った。
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