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第65話 俺たちには最後の

 俺にとっても、これが最後の恋だよ。  そう言ったら、先生がとても嬉しそうに笑ってくれた。笑って、志保の最後の相手になれるなんて、光栄だって言ってた。 「ね、先生……」 「?」 「今日、帰らないでよ」  そんな先生ともう絶対に離れたくないって思った。  離れたくないって、言ったんだけど。 「お、さすが現代っ子、乾燥機付き」 「って、先生も別に現代っ子だし、乾燥機付いてたじゃん」  使ってるの見たことないけど。  って、なんか、雰囲気とか空気とか違いすぎじゃない? 俺、すごい、もうこれ以上はきっとないってくらいに、かなり沈んでたんだ。もう海の底にいるような気分。冷たくて、暗くて、声を出そうとしても口を開いた瞬間、その冷たい水が流れ込んできて息をする暇さえないような、そんな中にいたんだ。 「なんか、しっかり乾いた気がしないんだよ。やっぱり洗濯物はお日様のにおいだろ」  お日様のにおいってよく聞くけど、どんなにおいなのか曖昧すぎない? 「ほら、手止まってる」 「わかってるってば」  指摘されて、またテーブルに向かうと、それを確認した先生がまた部屋の片付けを再開した。  さっきまでのシリアスで重かった空気が吹っ飛んで、今、部屋の中がありきたりで平和な空気に包まれてる。  っていうか、包まれすぎ。  ねぇ、さっきまで、先生が学校辞めちゃった話とかしてたよね?  そんなのやだって思ってさ、もしかしたら、俺は先生と別れたりしたほうがって思ったり、してたよね?  この恋をやめてしまわないでいいってわかって、すごく、すごく、嬉しくてたまらなかった。  先生とこれからも、一緒にいられるってわかって、すごく。  ね、そしたらさ、ほら、普通はああいう展開にならない? なるよね? そのキスしたり、セックスしたり、しない?  どん底ってところから上がってこられた感じの安堵感と、大好きな先生が初めて俺の部屋にいるってこととで、ふわふわになるっていうか。  先生に触れたいっていうか。  なるでしょ? 「あとはもう洗濯物ないか?」 「ないよ。っていうか課題は終わったよ」 「お、さすが。そしたら、ほら、次、アンケートとかやらなくていいのか?」 「あとでやる」 「……」 「今、やります」 「じゃあ、俺も、次は掃除」  やるべきことをやりましょうって、まるで先生みたい。いや、本当に先生なんだけど。でも今それ以前に、なんか確かめたりしないの? 気持ちを再確認とか。  せっかく会えたのに。  別れなくていいって、思ったのに。  先に部屋の片付けと、課題と溜め込んでたアンケートの片付けなんてさ。  渋々従って、内心、駄々を捏ねたい気持ちでいっぱいだけれど、でも、仕方がないと今度はアンケート用紙と対峙する。  まるで、補習授業を受けてるみたいな気分。それかついうっかり忘れた宿題を放課後片付けてる気分。 「モデル……すごいな」 「……え?」 「いや、学校でよくSHIHOのことが話題になってたよ。かっこいいってさ」 「……」 「女子にも男子にも言われてたぞ。ここの学校にいたんだって、嬉しそうにしてる生徒もいた」  そのせいでさ、きっと先生とのこと、ほじくり返されたんでしょ?  そんな気持ちが顔に出たんだと思う。ムスッとしちゃったら、その顔に先生が笑って、自慢してたって言ってくれた。 「あの、ボーダレス? あのモデルに起用されたって言いに来てくれたことがあっただろ?」 「ぁ、うん」 「嬉しかったけど、少し寂しくて、大事にしようって思ったよ」 「……ぇ?」 「俺が志保のモデルとしての仕事の邪魔になることがあったらって思った」  髪、乾かしてもらったんだ。ドライヤーの風が心地良くて、先生の足の間に座って、一生こうしてたいって思った。 「だから一瞬一瞬、志保に会える時間を大事にしておこうって」  覚えてる。  ――志保は綺麗だから。  褒めてくれたのがすごく嬉しかったから、あの時のこと、よく覚えてる。それに、モデルの仕事で大きいのもらえたって言った後、お風呂入ったのに、また、してもらえて、そのセックスがすごく激しかったから、覚えてるよ。  すごく、俺のこと欲しがってもらえたんだ。 「嬉しい反面、このまま閉じ込めておきたいような」 「先生に」 「?」 「閉じ込めてもらえたら、最高なのに」  アンケートなんてほっぽり出してさ。 「もったいない」 「えー? なんで?」 「モテるのに」 「っぷ、他にモテたって意味ないじゃん」  ごめんね。すっごい、けっこう散らかってたね。もっとちゃんとしなくちゃ、だ。先生の部屋、いつ行っても綺麗だった。 「先生にだけモテたいんだから」  もっと、ちゃんと、先生のそばにいても大丈夫な大人に。 「独り占めしたい気持ちもあるけど」  こうして一緒にいられるだけで安心できる、安心させられる大人に。 「俺の志保だぞって、見せびらかしたい気もする」 「!」 「志保のすぐ隣に座れるのは俺だけなんだぞって、自慢したい」 「してよ」 「俺なんて、ずっとしてる」 「?」 「だっていっつも先生の隣、女子が囲んでたじゃん。だから、こうしてられる今はずーっと自慢してる」  そして立ち上がって、先生の目の前を陣取って、その首にしがみついてキスをした。 「先生は俺のって」  その瞳に俺が映っているのが見えるくらい、近くで。 「もちろん、俺も先生の、だよ」  そっと瞳を覗き込んだ。  そういえば、あんま誘ったこと、ない……かも。  したいけど、それを言うよりも早く、先生が応えてくれてて。先生がリードしてくれるから。 「先生……」 「?」  ちょっと、ドキドキした。 「確かめたい」  もう何度も、先生としたのに。  高校生だった頃からだったら、本当にたくさん、したのに。 「先生が俺のって」  それでもこうして、貴方をベッドに誘うの、初めてだったから。 「アンケートは?」 「やったってば」 「もう? さすが、優等生」  先生を誘う、悪い優等生だけどねって言ったら笑ってた。 「じゃあ、俺も確かめたい」 「?」 「志保が俺のだって」  笑って、抱き締めてくれた。 「たくさん、確かめて、先生」  その腕の中が熱くて、溢れる吐息が熱っぽくて、ドキドキした。

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