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第66話 最悪な日、最高の夜
いつも、いつだって、先生に呼ばれると嬉しくてたまらなかった。
求めてもらえると蕩けそうな幸福感でいっぱいになれた。
一方通行だった気持ちに振り向いてもらえたことの嬉しさに夢中になって、答えるばっかりになってた。俺も先生のことが欲しいですって、ちゃんと言ったことってなかった。
女子に囲まれてる先生をそこから連れ出すことも。
先生をうちに招くことも。
「……先生」
こうして、誘うことも、なかった。けど、先生のこと、欲しいよ。だから、今日は俺から――。
「っぷ」
「ちょ、今、笑うとこっ?」
先生が整えてくれたベッドに先生を引っ張って行って、押し倒して、その上に乗っかったところで、笑われた。あんまこういうの慣れてなくて、すごいドキドキしてんのに、このタイミングで笑われて、飛び上がるように、先生の上からどくと、強い腕が引き留めてくれた。
「いや、悪い」
ホント、悪い。
「同窓会の夜、積極的だった志保を思い出して」
まだ、ちょっと笑ってるし。
「あの時、盛大に勘違いされてたなぁって」
「あ、あれはっ」
だって、仕方ないじゃん。
「俺と別れた間に、色んな恋愛したんだろうなって、一瞬思って」
「……してないし」
「あぁ、そうだな。それがわかって、すごく嬉しかったっけ」
そう? そんなに、おおはしゃぎってほどじゃなかった気がするんですけど。大人の対応っていうか。そんな無言の不貞腐れを感じ取ったのか、また笑いながら、すごく嬉しかったんだぞ? って教えてくれる。
「いつも、思ってたからな」
「?」
「俺が初めてだったろ」
「うん」
自分しか知らないから夢中なだけで、これから先、もっといい相手が見つかるだろう。一人だけなんて、って不満に思うかもしれない。そう思ってたって、優しい声が教えてくれる。
「これが最後になるかも、とか、いつも」
そんなこと、思ってたの?
そんなこと、思わなくていいのに。
本当に、本当に思わなくていいことだったのに。
「きっと志保が思ってる以上に、俺は志保に夢中だよ」
苦笑い、なんてされて、胸が苦しいくらいに甘いものでいっぱいになっていく。
「デートの前は顔がにやけて仕方なくて、よく生徒になんか良いことでもあるのか? って訊かれたりしたし」
「……」
「楽しそうって言われたこともあった」
けど、もうその学校には戻れないんだよ? それなのに、笑って、嬉しそうにしてくれて、満足そうな顔をしてくれる。
「志保、がさ」
「……」
「そのくらい、俺にとっては志保が一番なんだ」
「……」
「だから」
「?」
そこで、言葉を止めた先生に、首を傾げながら、その瞳を覗き込んだ。だから、何? って、だから、の続きを待って、真っ直ぐ、恋しくてたまらない人を見つめる。
「他所、行くなよ?」
「……」
どうしよう。
変な気持ち。
本当についさっきまで世界滅亡、ってくらいに沈んでたのにさ。今、最高に幸せって、気持ちの振り幅が凄すぎてクラクラしてくる。
行くわけないでしょ。
もう会えないだろうって思いながら、何年先生のことだけを好きだったと思ってんの?
「ずっとだ」
こっちこそ、ずっと、だから。
先生が思っている以上に、だから。
「先生こそ」
「もちろん」
「外国の人とか、美人そうだけど」
「大丈夫」
「っていうかさ、先生って恋愛対象どっち?」
俺はそもそも恋愛対象が同性だったけどさ、もしもそうじゃなかったら、先生の恋愛対象がそもそも女性なら、俺、持ってないし。女の人の柔らかさとか、華奢なところとか、その、胸とか、色々。もしも、先生が他の女の人にドキッとしちゃった時が来たら、そこから先生を連れ戻せる自信、ない。
「俺が、最後、なんでしょ? そしたら、前は? 女の人?」
喉奥がぎゅっと締め付けられた。息がしにくくなって、苦しい。
「んー、どうだったかな。わからないな」
「ちょ、誤魔化さないでよ」
それってつまりは、やっぱり、女の人ってことでしょ? 俺が、身構えたから言いにくくなったってことでしょ?
「本当に、どうだったかわからないんだ。志保だけだから」
「なっ、に…………言って」
額同士がコツンって触れた。
「仕事、辞めてもいいなんて、今までの誰にも思ったことないよ」
「……」
「だから恋愛対象は、強いて言うなら、志保、なんじゃないか?」
「そ、そんなこと言って」
ほろほろに俺が絆されると思ってるんでしょ?
「志保より美人見たことないし」
ふわふわに有頂天になると思ってるんでしょ?
「だから、心配いらないよ」
もうすでにほろほろで、ふわふわだし。最悪の日になるはずだった今日が、最高の日になってく。
「絶対に、だからね。先生」
絶対、だからね。
「他所になんて、行かないでよ」
「あぁ」
そっとキスをした。
「行かないよ」
それから、その首に腕を回して、しっかりと引き寄せたら、先生も俺の腰をしっかりと掴んでくれる。
「志保」
俺の名前を呼んで、その低い声ごと食べてしまいたいくらい深いキスがしたくて。
したくて。
唇を開いたら、溶けてしまいそうなほど甘くてしっとりと濡れた、やらしいキスをしてもらえた。
世界で一番優しくて、やらしくて、甘ったるいキスだった。
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