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第72話 去年の君へ

「ふーん……」  平川の口が、本当にへの字になってる。 「まぁ、あれだよな。フツー」  応援してくれるとか言ってた口を、への字に曲げながら、太々しく「ふーん」と「フツー」を何度も言ってる。 「えぇ? そう? なんか、良くない? 私も、こーんな先生が担任だったら毎日学校行くかも」  え、ちょ、それはやめて欲しいんだけど。レミのその笑顔、相当数の男が落ちるから。マジで先生のこと誘惑しようとかしてんだったら、本当にダメだから。「マジ可愛いすぎて笑顔が悪魔級」ってこの前ってSNSで話題になったって山本が教えてくれた。そんな子と知り合いとか羨ましすぎるって。笑顔なのに悪魔ってどんなんだって思うけど。  でも、篤樹さんはその相当数の男に含まれないけど。 「そうね。落ち着いてて、ハンサムだわ」  ハンサムって、久々っていうか、初めてそれ使う人見たぞ。けど、リーが使うと妙にしっくり来る。 「どうもありがとう」 「いいえー、先生は何飲みますぅ?」 「ちょ、レミ、篤樹さんの分は今頼んでるから大丈夫」 「えぇ」 「あんま飲ませようとしないでいいから」 「そうだよ。レミ、むしろ、貴方が潰れるから。お酒強くないでしょ?」 「酔ったら介抱してもらうもーん」 「するの、私なんだけど」  キャハハハって、明るくカラーボールが弾むような笑い声が個室に響いた。大きな指紋ひとつない綺麗な窓ガラスの向こうには、キラキラ輝くイルミネーションが見える。  今日は、ボーダレスの三人と俺と、そして篤樹さんとで飲み会になった。  なんでか平川が用意してくれた。こうして複数人で会ってるうちの二人ってことに、これでなるだろ? って。  そう言ってくれたんだけど、でも、俺たちは――。 「それにしても、公表しちゃうんだね」 「名前は伏せるけどね。性別も。俺、タレントになるつもりはないし」 「そっかぁ」  パートナーはいるってこと、オープンにしようかなって。社長がモデルとしてやっていくことにプライベートはそう関係しないだろうからって言ってくれた。  タレント業はあまり受けずに。モデルを主な主戦場に。そのほうが事務所も整うって。タレントってなれば仕事の幅が増えて、スタッフとしての人も多く抱えないといけない。俺一人しか所属モデルがいないのに、それはちょっと大変だからなって言ってた。 「あ、でも、今度、アパレル大手と契約するって聞いたわ」 「あ、うん。パッケージだけど」 「すごいわよ」 「うん」  仕事は順調、だと思う。 「これで志保くん、モデルとして安泰ジャーン」 「どう、かな。歳取れば、外見は劣化するし。だから大学もしっかり両立させないと。モデルで一生食べてけるとは限らないからさ」 「すご、かしこっ」  そこで、リーが、レミが楽天家すぎるのって言ってた。  でも、本当にモデルで一生やってけるとか、そんな先の未来までは全然考えられなくて。今は、一つ一つ、一歩ずつ。 「最終的にはお嫁さんに行けばいーよ。あれ? お婿さん? どっち?」  レミが天真爛漫な顔をして、艶のある髪を跳ねさせた。 「どっちだろ。わかんないけど、でも」  篤樹さんとは。 「もしも志保がパリコレモデルになったら、通訳、引き受けるよ」 「! えぇ? パリコレは無理だって」 「それはわからないだろ。一生かければ」 「!」  わかるってば。あそこは、ないから。けど。 「歴史作っちゃえばいーじゃん!」  嬉しい。 「志保くんならできる気がするー」 「私も」  今、さらりと言ってくれた。  篤樹さんが、「一生」って言葉をさらりと、自然に。 「ところで、先生は好みのタイプって、レミ入ります?」 「ちょ! レミっ」 「どうかな、昔は大きな瞳に華奢で、ショートが可愛い子が好みだったけど」 「あ、レミ、目、でっかいよ」 「今は、少し好み変わって、背はすらっと高い方がいいんだ」 「えー、レミ低い」 「あと、綺麗系、かな」 「んー、レミ可愛い系」 「ちょうど、そうそうこんな感じ」  そう言って、先生が俺の鼻を摘んで笑った。 「きゃー、スキあらば好き挟んでくるー」  そして、また弾けるような笑顔が響く個室の中で、窓ガラスの向こうが側に見えるイルミネーションみたいにキラキラした気持ちが胸のところで踊ってた。  飲み会はちょうど二時間でおしまい。  レミは明日も撮影がびっしりだって嘆いてた。リーは明後日から海外での撮影があるから、明日は一日オフって嬉しそうにしてて。平川は――。  ――じゃあな。頑張れよ。  応援してくれてた。  これから映画とドラマの撮影が入ってるんだって言ってた。だからきっと、もうこんなふうに会えることはそうそうないんだろうから。  平川も頑張れ、って言ったら、少し、寂しそうに笑ってたのが、印象的だった。 「すげっ、超キレイ」 「あぁ、そうだな」 「ねー篤樹さんさ、あっちまで歩いていい?」 「いいけど、人、多すぎないか?」 「大丈夫でしょ」  マスクしてるしメガネもしてるし。 「わ、ぁ……」  それに、みんなイルミネーションを見上げてて、モデルにしては身長の低いSHIHOがここにいるなんて気がつかないよ。 「すげぇ」  手を伸ばしたくなる。触ったところでさ、ただの小さな明かりなんだけど。  篤樹さんは見上げながら、少し笑ってる。 「マスクしてるから、顔がちゃんと見れなくて、ちょっともったいないな」 「え?」 「顔、見たかった」 「!」  変な顔、してるから。にやけて仕方なくて、口元、今、ものすごいダラしないことになってるよ俺。 「ね、篤樹さん、去年はイルミネーションとか見に行った? あそこの駅、けっこう大きいでしょ? 学校のとこ」  誰かと。 「……あー、そうかもな、見てないけど、車だったから」 「そっか」  俺は、どこかでイルミネーション見かける度に、先生はどこかで見てるのかなぁとか、思ったりしてた。それでいっつも切なくなってさ。 「けど、志保が転校した年は、思ったよ」 「?」 「一緒に見たかったなって」  貴方は今、どこで、何をして、誰といますか?  そういつも、いつも、思ってた。  なぁ、去年の俺、あと一昨年の俺、それからその前の……今年は過ごせたよ。 「見れたな」 「! うん」  大好きなその人と、イルミネーション、見れたよ。

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