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第73話 今度は愛を始めよう。

「あ、篤樹さん、これってどっちに入れる? 夏物の服」 「そっちの箱」 「じゃあ、このビーサンとかサンダルは?」 「それもそっち」 「えー……」  全部、そっちの箱じゃん。  それじゃこっちの箱に入るのほぼないんだけど。こっちの、俺の部屋に置いとく物」 「不服そうな顔するな。志保の部屋が狭くなるだろ」 「そもそも狭いし」  ぼそっとぼやいたら、小さく笑って、駄々っ子でもあやすように俺の頭を優しく撫でてくれた。 「黒髪の志保、なかなか新鮮だな」 「そ? なんかこっちの方がメイクさんが映えるっていうんだけどさ。肌も白いしって」  専属、っぽいメイクさんができた。俺のことすっごく褒めてくれたあのメイクの人。専属、とはちょっと違うんだけど、すごく気に入ってくれてて、俺にとっては専属のメイクさん。けど、それだけじゃもったいないじゃん? 俺、勉学は優先ってなってるから、大体の撮影は週末。たまに、ごくごく稀に平日に入ることもあるけど、あってもオフショットっぽい気軽なのだったり、すごく短かったり、あとはインタビューとかカメラが入ることのない仕事だからメイクさんはいなくても大丈夫。そんな時に、彼女の方で仕事は好きに取って貰ってかまわないってことにしたんだ。この前はレミとかと一緒に仕事したって話してた。  俺のこと、元気にしてるかってすごく気にかけてくれてたんだって。  そんなレミはますます引っ張りだこになってきて、今は、二社? 三社? だったかも、コマーシャルの契約も取ったって。  リーは海外での撮影も多いみたいでほとんど日本にいることがない。けど、年末年始は帰ってきたいって言ってたらしい。  平川は……もうめちゃくちゃすごい。この前撮り終えた、クランクアップ? とかした映画の番宣とかでもうメディアに出まくり。分身でもしてんの? ってくらい、あっちこっちで見かける。見かけない日がないくらい。  そして、俺は――。 「いいと思うけど? 志保の黒髪、高校生の頃を思い出す」 「! 本当に?」  ぴょんって本当に跳ねたら、また頭を撫でてくれた。 「あ、けど、もう全然背とかが」  俺も、かな。まぁまぁ、モデルとして、それなりにやってけてる。  最近は、ちょっとさ、ちゃんと基礎とかできるようになりたくて、ウオーキングとヨガとかストレッチもやってみたりして。案外、モデルのポージングって、腰めっちゃ捻ったりとか、そう見えなくても、無理なんですけどって言いたくなるような姿勢になることもあって。服をとにかく良く見せるお仕事だから。リーには褒められたけど、全然、まだまだ、着るってことに慣れてるだけで、着て魅せるって意味では、全然。  だから、今頑張ってる。 「何言ってんだ」 「!」  そこで、止めないでよ。何言ってんだ、もっと可愛くなったよ、とか、もっと魅力的になったよ、とか、言ってよ。  そこで止めるとわかんないし、もっと褒めて欲しいんだけど――。 「あの黒髪美少年に一目惚れしたのに」 「え? えぇ? え? そうなの? え? じゃあ、すごい最初からってこと?」 「…………それ以上は内緒」 「えぇ? ちょ、知りたいってばっ」 「内緒」 「えぇぇぇっ」 「ほら、荷造り今日中に終わらせる」  そして、先生は引越しをすることになった。 「えー、ねぇ、知りたい。いつから俺のこと」  今度はけっこう都心部に進出する。  新しい学校は駅近。  お昼とか買いに行くのがすごく楽なんだってさ。  で今、先生してる。海外から日本に来た人へ日本語を教えてる。色々違っていて、大変みたい。よく参考になりそうな本を読んで難しい顔をしてるから。それにそうやって授業に備えて勉強してる時間が増えたから。  けど、俺はけっこうその本を読みながら悩ましい篤樹さんがかっこよくてさ。  見てるの好きなんだ。篤樹さんが、前の部屋でならカウンターのところに座りながら、眉間にちょっとだけ皺を寄せて考え込んでるところをソファのところでじっと眺めてた。今度の部屋はカウンターがないから、ソファかな。買い直した、大きめのソファ。俺とのんびり過ごせるようにって。  学校から新しい部屋までは片道三十分。ここなら俺がモデルの仕事で撮影があった後、週末泊まりに行くのに便利だからって。  けど、泊まりじゃなくて。 「ほら、手を止めない」 「っていうかさ、引越しだって、別に、俺と……」  一緒に暮らせばよくない? って思ったりするんだけど。 「それは、まだ先」 「!」 「志保が大学卒業して、社会人になって、それからだ」 「!」  俺が思ってるけど、言わずにいたこと。 「学生のうちはダメ」 「えぇー」 「ほーら、あと少ししたら引越し業者が来るぞー」 「なんか先生みたい」  ――ほーら、廊下、全員並べ。集会遅れるぞー。 「そりゃ」  ――相田。 「志保の先生、だったからな」  そして俺たちの恋は、最近。 「……」 「篤樹さん?」  ――先生? 「いや、なんでもないよ」 「? え、何? 気になる」 「気にしない」 「気になるってば」 「気にしないでいいから」 「なんで笑ってんの? ねぇ、なんか俺、変な顔とかしてる? ねぇ、ねぇってば」  俺たちの恋は最近、愛に変わってきてる、と思うし、感じる。 「ねぇ、篤樹さんってば」 「好きだなぁって思っただけ」 「!」 「ただそれだけだよ」  恋のドキドキだけじゃなくて、あったかくて、優しくて、それからそうだな、指先まで満たされる幸福感? みたいなのに。 「ほら、おいで」 「はーい」  俺たちは自然と笑顔になるから。  だからこれは、恋が少しずつ、愛に変わってきてるんじゃないかなって思うんだ。

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