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ちゃんと恋人編 3 既視感
やっぱり平川との仕事は早く終わった。
――今日、仕事、早く終わるかも。一緒に帰れたりしない?
そう、先にメッセージ入れておいたんだ。よかった。ラッキー。
――大体終わりそうな時間くらいに下で待ってる。ダメ?
――今日は残務もほとんどないから俺の方が早く終わると思うよ。もしも待たせるようなら、連絡する。それまでどこかカフェとかにいて欲しい。
――はーい。
――外で待ってるのはなし。この間、それで一瞬騒ぎになりそうだっただろ?
はーい。でも大丈夫だよ。帽子持ってるし、マスクは基本、移動の時はいつもしてるから。そう返信をしたところで、篤樹さんとのやりとりが止まってる。
帰りの約束をしたやりとりが夕方の六時。そこからずっと連絡がないってことは多分、篤樹さんもとくに何事もなく帰れるのかな。
ちょっと前に、その日は撮影も何もSHIHOの仕事が完全オフで、篤樹さんのこと迎えに来たんだ。そしたら、駅降りたところで身バレしちゃって、日本語学校に辿り着く前に、追っかけしてくれた人たちを巻かないと行けなくて。SHIHOには恋人がいる、というのは知られていても、相手は一般人としか公表されてないから。隠せば知りたくなるでしょ? だから隠さないけど、オープンにできるのは篤樹さんの迷惑にならないところまで。
その時はどうにか追いかけて来た人を巻くことかできたけど。それもあって、外で待つのはダメってことになった。
「あ、社長、俺、今日は」
「? ……あぁ、あっちか」
「うん。いい?」
社長は運転をしながら、ちらりと時計を見て、全部察して、頷いてくれた。夜の九時をすぎて、もう十時近くになる。ちょうど、篤樹さんのいる日本語学校の最終レッスンが九時まで。はい、レッスン終了、さようならって先生も生徒同様に仕事を終えられるわけじゃなくて、その後に多少残務があったりする。その残務も終えて帰ろうとしたら大体このくらいの時間になる。
だから、あぁ、っていうのは、そろそろ向こうが上がる時間だなってこと。
あっちか、っていうのは、あっちの日本語学校のこと。
「毎回言ってるが」
「うん。気をつける」
社長が車を脇へと寄せてくれた。後部座席を降りる前に帽子を被って、その車を降りた。
篤樹さんのいる日本語学校が入ってるビルの少し手前で下ろしてもらって、そこからは歩いていく。
こんな時、標準身長より少し高いくらいの普通枠の身長でよかったって思う。
本当に世界で活躍するトップモデルと同じくらいあったら、きっと街中で浮きまくってさ、こんな帽子とマスクくらいじゃ全然紛れることは無理だろうから。
モデルっていう仕事をするには致命的な欠点だと思うけど。でも、それも個性と思ってもらえてるのか、仕事はたくさんもらえてる。
終わってるかな。少し道が混んでたんだ。待たせたかも。
――今、車降ろしてもらったよ。すぐ近く。
そうメッセージだけ打ち込んで。
この後、どっかでご飯一緒に食べられるかな、とか考えながら。
ちょうど、この前、スタッフさんに教えてもらったイタリアンのとこ、このあたりだから、いいかも。雰囲気良くて、完全個室で芸能人もよく通ってるからって教えてもらったんだ。
そこなら、周囲の視線気にせずにいられるし。
また、一緒に――。
「!」
外デートしたいなって。
「っ」
思ったところで、篤樹さんがちょうど学校から出てきた。駆けて行こうと思ったところで。
「……」
篤樹さんの後ろに、背の低い、男の子がくっついてた。
篤樹さんよりも十センチは小さくて、黒髪で、ボーイッシュな女の子とも見える華奢な感じ。
篤樹さんが振り返って、何かを笑顔で話しかけると、その子が嬉しそうに視線を泳がせて、頬を赤くしてる。
見て、すぐにわかるよ。
高校生だった頃に何度も何度も見かけたことのある光景に似てたから。
好きなんでしょ?
篤樹さんのこと。
けど、高校の時に見かけたあの光景とはちょっと違う。似てるけど。違う。だって、篤樹先生の目の前にいるのは、まるで昔の俺みたい。
「っ」
そう思ったところで、胸の内でチリリって、小さく痛んだ。
懐かしい。
けど、あの時よりも、もっと。
「!」
篤樹さんが何かまた話しかけて、その黒髪の子が驚いたように口を開けて、何か喋って、ぺこぺこと頭を数回下げた。
いいよ、大丈夫、そんな風に篤樹さんがフォローを多分入れて。駅とは反対、ちょうど、今、俺がいる方向を指差した。
多分さ、その子はもうレッスン全部終わったんだし、帰るんでしょ? 駅はこっちです、みたいなこと言ったかな。けど、篤樹さんは、俺と帰るために、ちょっと用事があるから、駅へは行かないんだ、気をつけて帰ってね、みたいなことを言ったと思う。その子は、あぁ、そうなんだって残念そうな顔をして、でも、まだ駅に行こうとしてなくて。もたもたしてる。
どうにかして一緒に帰れないかなって探してるっぽい。くっついていく理由を。
あぁ、もう。限界。
「篤樹さん!」
きっと昔の俺だったら、立ち尽くしたまま、待ってた。いいな、隣にいられて、って思って、羨ましいって顔しながら眺めてた。篤樹さんが一人になるのを待ち構えて、やっと一人になったところでとことこ駆けて行った。
「ごめんなさい。道が混んでて」
けど、今の俺はあの時よりもずっと篤樹さんのことが好きだから、我慢できないみたい。
「おまっ」
篤樹さんが驚いて、慌ててた。
昔よりも知名度が上がってるから、今、まだ生徒がいるところで話しかけたらダメだろう? って慌ててくれてる。
ごめんね。ありがと。でも、我慢できなかったんだ。
「帰ろ?」
俺のだもん、って、思っちゃって、その子のところからさらいたくて仕方なかったんだ。
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