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第4話

 歓迎会はみさきやの座敷で、大将とガンディーさんと、ミホさんとスマイルさんとハナブサさんとで始まった。連休はどうしていたかと聞かれて実家に帰った話をすると、ミホさんがテーブル越しに体を乗り出してきた。 「えっマジ? じゃあ地元一緒だ。どこ高?」  Tシャツの襟ぐりから肌が見えて、(わたる)は体を引いた。顔はしっかり日焼けしているのに、服の下は意外に白い。こういう感じの人をギャルと呼ぶのではないのか。 「一高です」 「あーなら優秀だ。あたしはアホのツジ高の秀才。あはは」  はあと笑ってサイダーを飲んだ。ガンディーさんがミホさんの肩を中指でつつく。 「いきなり絡んでやんなよ。あとおっぱいしまいな。新藤くん引いてるから」 「しまうほど出てないですよ」  出てるよと思った。大将が言った。 「そういや新藤くん名札の名前何で行くの。寮で面白いのついてないの」 「や、普通にワタルです。あんまあだ名つくタイプじゃないです」 「言ってほとんどの子は本名ベースなんすよ。あたしだってハナブサだってそうでしょ」 「え、じゃあ」  ガンディーさんはと聞く勇気がなくて、フライドポテトを食べているスマイルさんの柔らかそうな顔を見た。 「私は、ニコちゃんマークのカバン持ってたからとか、漫画のピンポンが好きだからとか、地顔が笑ってるっぽいからとか」 「自分でどれかわかんないんだよね。私も知らないけど」  ハナブサさんがスマイルさんの背中をぱんぱん撫でる。曲線でできたスマイルさんとは真逆の印象の、三角定規みたいな横顔の人だ。こういう顔立ちの、女の子に人気の男性アイドルだったか俳優だったかがいた気がする。  平気で4棟から他棟へ出入りするエミリアのようなタイプもいるけれど、基本的に清渓寮での生活は男くさい。工学部の男女比は9:1よりもっと偏っているらしい。こんなに女の人の多いところに来たのは久しぶりだ。下手をしたら文理選択前の高校1年のクラス以来かもしれない。  飲まない航とハナブサさん以外はそこそこ酔っ払ったころに、大将の彼女さんがやってきた。ショートカットにメガネをかけた、さっぱりとした人だった。よろしく、とかけてくれた声は低くて、彼女さんという呼び名の雰囲気と合わない気がした。 「フリーランスでいろいろやってまして。うち1つがみさきやのママです」 「でも大将とは結婚しないんだよね」  ミホさんはすっかり出来上がっていて、大きな声で愉快そうに言った。 「結婚だけが男と女じゃないんだよ」  大将はそう言って1人でうなずいた。灰色の髪の大将とショートカットの彼女さんを並べて男と女なんて言うのは変な感じだと思った。オトナだなあとミホさんが言った。スマイルさんとハナブサさんは顔を見合わせてくすくす笑った。ガンディーさんは背の低いグラスでお酒を飲んで、なんとなく頷いていた。  B談話室と比べると随分健全な時間にお開きになった。歓迎会だからごちそうだと大将が言って、航は2回財布を出したけれど結局諦めた。 「気をつけてね」  大将と彼女さんに見送られて、5人で同じ方向に歩き出した。女性陣は全員4棟に住んでいるそうなので当たり前として、ガンディーさんもやっぱり寮生なのだろうか。  5月に入って昼は随分暑くなってきたけれど、日が沈んだ後は空気が軽い。宴会の熱気を抜けたあと、体を冷ますのにちょうどいい。  ミホさんとスマイルさんとハナブサさんが、3人で喋りながらどんどん先に行ってしまうので、航はガンディーさんと並んで歩くことになる。横目で見ると、今日も服の中で体が泳いでいるのがわかる。骨格そのものがかなり細い人なのかもしれない。  ガンディーさんがこちらを見た。見ていたのがばれたのかと思った。 「女の子らおしゃべりすごいよね。びっくりしちゃった?」 「いえ、あの、年上の女の人ってあんまり」 「やっぱびっくりしたか」 「びっくりっていうか」  ミホさんもスマイルさんもハナブサさんも大将の彼女さんも女の人で、女の人の体も男の人と同じようにひとつひとつ違うことがよくわかった。3つ並んだ後ろ姿を遠くに見る。例えばハナブサさんの、すっと縦に長くて直線的な体ならと考えてみても、葛城やメロスやサカケンさんや、その他たくさんの体のようには胸が痛くならない。ガンディーさんの服の下では痩せた体が泳いでいる。細くて白い、幽霊みたいな。 「あ」 「どした?」 「いえ」  あの夜1棟の廊下ですれ違ったあの人はガンディーさんだ。やっぱりガンディーさんは清渓寮の主で、廊下の奥に住んでいる。 「実家出てさ初バイトで、知らん人ばっかの飲み会だもんそりゃ疲れるよね」  航が記憶の中のガンディーさんに気を取られているのを、本物のガンディーさんは疲れだか緊張だかと理解したらしかった。いえ、とかはい、とか粗雑な相槌を打っていたところで、ガンディーさんが右手を上げておいと叫んだ。 「ミホ、俺この辺で帰るから。彼ちゃんと連れて帰ったげて」  2本先の街灯の下を歩いていたミホさんが、前を見たまま左手を上げてひらひら振った。 「りょーかいです! おつでーす!」  ガンディーさんは足を止めて、正面から航に向き直った。目も鼻もほっそりとしていて、幽霊みたいだとまた思う。日本式の幽霊だ。俺こっちだからと明かりのない脇道を指す。 「今日は疲れさせちゃってごめんね。でもみんないい人らだから。これからよろしくね」  ちょうどいい具合の言葉を何も思いつけなくて、いえ、よろしくお願いしますと返した。ガンディーさんは航に背中を向けて、狭い路地に入っていった。数歩入るとすぐ角に突き当たる道だ。角を曲がるとき、ガンディーさんは背中を丸めて、首を前に突き出した。その体の気配が角の向こうに完全に消えるまで、航はじっと立っていた。

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