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第2話 七里の辻神
護の運転で、直桜は殺人の森へと向かった。
もうすぐ十一月になるだけあって、空の青が薄く、雲が少ない。
「直桜はシュークリームが好きなんですね。お菓子が好きなのは知っていましたが、好物なんですか?」
護が感心したように直桜に問うた。
「特別好きって訳じゃないけど、美味しかったから、つい」
ちょっと恥ずかしくなった。
さすがにガッツキすぎたなと、我ながら思う。
護が吹き出した。
「そうでしたか。じゃぁ、家の近くでシュークリームが美味しいお店でも探しましょうか。いつでも買い出しに行けるようにね」
「それなら、プリンも探したい。大宮の猫助ってお店のプリンが美味しいんだけど、もっと近場に開拓したいんだよね」
護の目が確信めいた色を呈した。
「もしかして、以前に直桜が買ってきてくれた例のプリンですか?」
「うん、そう。まだ護と付き合う前に買ってきた、アレ」
喧嘩した後の、仲直りのきっかけになればと買ってきたプリンだ。あの頃は護と恋人ではなかったし、楓の正体すら知らなかった。それどころか、楓と会って帰った日の土産だった。
(あの頃とは、かなり環境が変わっちゃったな。まだ数カ月しか経ってないなんて、思えない)
流れるように整っていく環境は、まるで直桜が怪異《こっち》側の人間だと証明しているようだ。そこに違和感がない辺り、自分でも受け入れているのだろう。
今となっては、普通を求めて彷徨っていた頃の自分の方が違和感だった。
「昔ながらの硬めのプリンが好きなら、作れますよ。今度、作りましょうか?」
「えぇ⁉ 本当に?」
護のさりげない言葉に、直桜は思いっきり飛びついた。
「お店のモノのように美味しくはできませんけどね」
「護が作ったプリン、食べたい! 俺、プリンが一番の好物なんだ。一緒に作りたい!」
ノリノリの直桜を見て、護が嬉しそうに笑った。
「そんなに難しくないので、直桜もすぐに作れるようになりますよ」
一番の好物を最も身近に開拓できてしまった事実に、直桜のワクワクが膨らんだ。
そんな話をしているうちに、例の森に着いていた。
森といっても、さほど大きな規模ではない。精々、学校のグラウンド一つ分、といったところだろうか。
周辺には住宅街があり、少し離れた場所だが徒歩圏内には小学校もある。今の時間だと近くの道路は車通りが少ないが、通勤退勤時間には込み合いそうだ。
「そんなに嫌な感じはしないけどなぁ」
周囲を警戒しながら、森の中へと進んでいく。
護が直桜を庇うように先を歩いた。
「神社への道は、これで良さそうですが、本当に細い道ですね」
中に進むにつれ、両脇には木々が生い茂り、昼間でも暗い。
道と呼ぶにはあまりに心許ない足元は、人一人が歩くのですら狭いと感じる幅だった。
「ありました。アレが例の十字路、辻神がいるという場所ですね。左に曲がれば、神社です」
少し離れた場所で護が足を止めた。
一見しては十字路だが、先が生い茂る木々の壁で行き止まりになっているので、丁字路と考えた方が良いかもしれない。
二人して、気を澄ます。生き物が動いた気配がした。
「助け、て。たすけ……」
高校生くらいの男子が、道の先で倒れている。
さっきまでは、確実に誰もいなかった場所だ。
前に出ようとした直桜を護が制した。
「どうしました。一体何が」
近付き話し掛けた護の姿が、一瞬で消えた。
倒れていた男子の姿もない。
「は?」
直桜は護たちがいた場所まで駆け寄った。
気配はまるでなく、誰もいない。
(つまり、隔離空間。辻のむこうに結界を張って住んでいるのか)
直桜は辻の真ん中に立った。
左側には、簡素な造りの白い鳥居が見える。その先に神社があるのだろうが、暗くて社が見えない。
右側には道が伸びている。この先に進めば、森を抜けられるのだろう。事前に確認した地形から考えて、道の向こうは住宅街だ。
目の前の道に目を向ける。木々が生い茂り、先は行き止まりになっている。
神力を纏った手を伸ばした。
何もないはずの空間が水面のように揺れた。妖力に触れた手応えがあった。
「ここか。悪いけど、結界を壊すよ」
右手に力を込めて、神力を凝集する。手の中に白い球状の神気を作っていく。
『壊されては、困る。中に招待しよう』
どこからともなく声がしたかと思ったら、腕を引っ張られた。
触手のようなモノが腕に絡みついて、直桜の体を引きずり込む。
行き止まりの向こう側に、直桜の体は否応なく連れ込まれた。
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