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第10話 見付けた糸口

 智颯と円はさっそく次の日から、学校内の妖怪の気を探し始めた。  智颯のために余計な気配をシャットアウトしていた気吹戸主神の神力もコントロールしてもらっている。  改めて、今まで感じなかった気配が多くあると気が付いた。 「気吹戸が弾かないと、学校でもかなり色んな気を感じるんだな。邪魅の気配までよくわかる」 「え? 邪魅って、気配あるの?」  驚いた顔の円を見て、智颯の方が驚いた。 「あるだろ? 感じない?」  円が、とても不思議そうな顔をしている。  智颯の肩で、気吹戸主神が笑った。 「ははは! 普通は邪魅の気配など感じぬ。智颯は鋭敏なのだ。花や草の命の気配まで感じるであろう? 普通は感じぬ」 「普通って、霊の感度が低い人間の話だろ? 円は術者の中でも優秀な人だ。僕より感じててもおかしくないだろ」  智颯の言葉に、円が必死に首を振った。 「命の気配も、邪魅の気配も、感じたこと、ないよ。感じる人、術者の中でも、少ないと、思う」  智颯は呆気に取られた。  このくらい、皆感じているものだと思っていた。 「どうして、気吹戸が気配を弾いてたか、わかったよ。確かに全部感じてたら、気が狂う、ね」  円が納得の表情をしている。 「儂は風神故、風を伝って総てが流れ込む。惟神の智颯もまた同じじゃ。智颯の風の使い方は巧いぞ。円にも見せてやりたいのぅ」 「それは、見たい。風使いって、魔法使いみたいで、格好良い。そういう智颯君、見てみたい」 「映画や漫画のファンタジー的なのを期待されても、困るぞ」  話しながら向かっているのは、円がよく気配を感じるという、西館三階の空き教室だ。 「いつも同じでは、ないけど、この辺が、多いイメージ、なんだよね」  三階への階段を昇りきった辺りで、突然に妖の気配を感じた。 「これ、確実に妖怪の気配だ。しかも捕食してる」  智颯は気配の方へ走り出した。 「そんなことまで、わかるんだ。俺には、妖怪の気配しか、わからないけど」  気配は西館三階の北側、最奥の部屋からだ。今は使われていない科学準備室の前で足を止めた。  扉の前に立ち、様子を窺う。   「ん、ぁ……、きもちぃ、もっと……」  明らかに卑猥な声が聞こえてきて、智颯は扉にかけた手を止めた。 「もっと、いっぱい、キスして、せんせ……」  円が扉を静かに開いて、細い隙間から中の様子を窺う。  男性教員と男子生徒が抱き合っていた。 「いいよ、たくさん、キスしよ、佐野、愛してるよ……」 「せんせ、せんせぃ、大好き……」  どう見ても教師と生徒がセックスしているだけの現場だ。  気が付けば、妖怪の気配が消えている。 「ただシてるだけ、かな。ここじゃなかった、とか?」 「確かにこの部屋から気配がした。それに……」  後ろから人の気配が近付いてきて、智颯は振り返った。 「お前ら、覗きはやめぇや。こっち、来ぃや」  神妙な面持ちで智颯たちを手招きしているのは、伊吹保輔だった。  隣にいる円の気が張り詰めたのが分かった。 「とりあえず、行こう」  円に耳打ちして、保輔に近付く。  保輔が智颯の腕を掴んで足早に歩き出した。円が咄嗟にその腕を奪い返す。  怪訝な顔で保輔が円を振り返った。 「掴まなくても、歩けますよね」 「あぁ、すまんなぁ。あんまりあの場所に長居しとぉなかったもんで、つい、な」  智颯と円は顔を合わせる。  とりあえず、保輔についていくことにした。  階段を降りると、保輔が二階の空き教室に入った。 「廊下は声が響くさけ、ここで堪忍な。西館は使われてへん教室、多いやろ。せやから、ヤリ部屋みたいになっとんねん。他の教室もそうやから気ぃ付けや」  神代学園は今、新館建設と改装が始まっている。西館は取り壊しが決まっているので、ほとんど使われていない。  同好会や小規模な部活が部室にしている程度だ。 「お前ら一年みたいやけど、そろそろ覚えな。もう十一月やで」  保輔が二人のネクタイを指さした。  神代学園は年次毎に制服のネクタイの色が変わる。学年は一目で判別がつく。 「西館に来る機会があまりないので、知りませんでした。今日は、たまたまで。今後は気を付けます」  智颯の苦しい言い訳に、保輔が「ふぅん」と鼻を鳴らした。 「別にええけど。ほら、特に、あん二人は、見つかったらヤバイやろ? せやから、騒がんでほしいねん。見なかったことにしたってや」  生徒同士でも問題の行為だ。教師と生徒なら猶更まずいだろう。教師の方は下手をすれば懲戒免職にもなりかねない。 「随分、庇うんですね。先輩は、ヤってた佐野って人のお友達ですか?」  円が保輔に問い掛ける。  護衛の任務中の円は、流暢に話せるなと、つくづく感心する。 「友達ゆぅか、クラスメイトや。まぁまぁ仲いいで。それに教員の方はオカルト同好会の貴重な顧問候補やねん。いなくなられたら、困んねや」  智颯と円は目を合わせた。 「先輩はオカルト部の部員さんですか?」  智颯の問いかけに、保輔が変な顔をした。 「オカルト、部? 部って言い方は美鈴しかせぇへんのやけど。もしかして君、美鈴の勧誘、受けてる?」 「ええ、入学当初から、しつこ……、ずっと、声を掛けられています」  智颯の言い方に、保輔が笑った。  その笑顔があまりに屈託がなくて、拍子抜けするほどだ。 「じゃぁ君が峪口智颯君かぁ。すまんなぁ。アイツ、しつこいやろ。どうしてもオカルト部作りたいのやて。でもまだ同好会にすらなれてへんのよ。部員、三人以上いないと作られへんからなぁ」  どうやら保輔は智颯の存在に気が付いていなかったようだ。  今、身バレしてしまったのはまずいかもしれないが。状況的に遅かれ早かれだったろうと考えると致し方ない。 「他の人を当たった方が早いんじゃないですか? 智颯君はもう何度も断っていますよ。理由もなく断っている訳でも、ありません」  円の言葉が、少し冷たく響く。きっとわざとそうしているのだろうと思った。 「他にも、めちゃくちゃ当たってるよ。ダメやから、何度も峪口君に行くんやろな。俺も名前貸すだけって言ってるし。いい加減、諦めたらええのになぁ」  保輔が困ったように笑う。 「先輩と坂田先輩は、親しいんですか? 恋人とか?」  円が聞きづらい内容を聞いてくれた。 「いんや、ただの幼馴染っちゅう腐れ縁や。せやから放置も出来ひんねん。けど、美鈴には注意しとくわ。もう峪口君、誘うなってな。せやから、さっきの件は見なかったことにしてな」  智颯が返事をする前に、円がきっぱり頷いた。 「わかりました。俺たちも誰にも話しませんので、先輩も約束、守ってください」 「おおきに、じゃ、そゆことで」  保輔が手を振ってその場を去ろうとする。 「あの!」  思わず、呼び止めていた。  隣にいる円が、智颯の肩に置いた手をびくりと震わせる。  保輔が振り返った。 「先輩の名前、教えてください」  智颯の問いかけに、保輔が空を見上げた。 「そいえば、名乗ってへんかったね。二年A組の伊吹保輔や。よろしゅうな」  にっかりと笑う保輔の顔は、一見して悪い人間には思えなかった。  保輔の目が円に向く。自己紹介を催促する目だ。 「一年F組の花笑円です」  円の手短な自己紹介に、感心した顔をした。 「へぇ、二人とも優秀なんやね。今度、勉強教えてや」  神代学園は、成績が優秀であるほど後半のクラスになる。クラス編成はAからFまでしかないので、F組は最も優秀なクラスにあたる。 「名前だけなら、貸してもいいですよ」  智颯の小さな声に、去りかけた保輔の足が止まった。 「活動に参加しなくていいなら、僕と円で名前を貸します。坂田先輩に、伝えてください」  智颯の言葉に、またも肩に乗る円の手がびくびくしている。「接触しすぎだ」といいたいのだろう。 「ほんまに? ええの?」  驚いた表情の保輔に、智颯は頷いた。  保輔が智颯に駆け寄り、両手を握った。   「助かるわぁ! ありがとぉ! 美鈴に伝えておくさけ、明日の放課後、空けといてや。部室で名前書く時間だけ、貰えたらええから」 「わかりました」  保輔の手をやんわりと剥がして、円が智颯の手を降ろす。  その仕草を眺めていた保輔が、吹き出した。 「過保護やなぁ。二人、ただの友達? 恋人なん?」  思わずびくりとして、顔が熱くなる。  保輔が気まずそうな顔をした。 「あぁ、ごめんな。今の質問は無しにしとくわ。思わず聞いてもうたけど、堪忍な」  それじゃ、と手を振って、保輔は今度こそ去っていった。 「タイミングが良すぎるよ。危険だと思う」  保輔の背中を見送って、円が苦言を呈した。  確かにこのタイミングは、あまりにも不自然だ。 「僕もそう思う。円が入部しない方向に誘導してくれたのに申し訳ないと思うけど。あの教員の方、多分、妖怪だ」  智颯を振り返った円を見上げる。 「恐らく、あの性行為自体が捕食だ。僕らの気配を察して、妖気を消した。けど残滓は感じた。その後すぐに、僕らをあの場所から離すように、保輔が現れた」  淫鬼の分身の話は、智颯と円にも降りてきている。  可能性はあると思った。 「この学園に、淫鬼の分身がいて、保輔と、繋がっている可能性が、あるってこと、だね」  円の言葉に智颯は頷いた。  考えるように押し黙って、円は息を吐いた。 「とりあえず、化野さんに、連絡、入れとく」  円がスマホを取り出す。 「円、僕は……」  円が、ずいと智颯に顔を近づけた。 「明日は一緒に、行くから。絶対に一人では、動かないこと。約束してくれたら、智颯君の考えに、最後まで付き合うから」 「これ以上、接触するなって、言われるかと思った」  円の意外な言葉に、構えていた気持ちが溶けた。 「俺は智颯君の、バディだから。見付けた糸口、逃がしたくない気持ちは、一緒だよ」  円が優しく笑ってくれるので、智颯の気持ちまで柔らかくなる。  きっとこれも甘えなのだろうと思うが、それでも嬉しかった。

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