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第12話 神代学園オカルト同好会
授業が終わり、放課後になった。
智颯は緊張の面持ちで廊下に出た。
後ろを付いて来た円が智颯の顔を覗き込んだ。
「智颯君、大丈夫? あんまり緊張すると、相手に気取られるよ?」
そう話す円は、いつも通りだ。いつも通りどころか、話し方が流暢で完全に草の仕事モードに入ってる。
「大丈夫だ。だって、僕から言い出したんだ。僕が頑張らないと」
昨日は帰るなり、13課組対室に呼ばれた。
伊吹保輔と接触した後、円が護に連絡したためだろう。bugs関連は組対室がメインの案件だから、当然だ。兼任とはいえ、智颯も円も組対室のメンバーでもある。
放課後に体験した事実を説明し、淫鬼の分身が伊吹保輔と繋がっている可能性を改めて話した
その上で、理研と反魂儀呪との関係、惟神の精子と卵子を搾取しようとしている可能性など踏まえ、智颯と瑞悠は最も危険な立場だと説明された。
(けどそれは、一番、確保可能な立場でもあるってことだ。それに)
智颯の精子が採取される程度ならまだいい。もし瑞悠の身に何かあったら、男の自分とは比べ物にならない、取り返しのつかない事態にもなりかねない。
(それだけは、絶対にダメだ。瑞悠の体は傷付けさせない)
今の時勢で男女比をどうこう言うつもりはない。けれど、望まない妊娠をさせられて子供を産む、なんて未来は、瑞悠の身に起こってほしくない。
この状況が長引けば長引くほど危険は増す気がする。何より、この状況を放置などできない。
(惟神の能力で言ったら、瑞悠の方が僕よりずっと優秀だ。狙われる危険性だって、瑞悠の方が高いじゃないか)
だからこそ、自分から囮を買って出た。
(欲しいなら精子くらいくれてやる。それで、bugsを取り締まれるなら、安いくらいだ)
ぐっと拳を握り締める智颯を円が後ろから抱き締めた。
突然の温もりに驚いて、顔だけ振り返る。
「智颯君が何を考えているのか、大体わかるよ。俺も瑞悠ちゃんが大事だからさ。でも、俺にとっては正直、智颯君が一番大事だよ。忘れないでね」
抱き締めてくれる腕を、ぎゅっと掴んだ。
円はいつだって智颯に、忘れかけていたなけなしの自信と安心を思い出させてくれる。
円が大事だと言ってくれるなら、自分にも存在価値がある気がしてくる。
「円がそう言ってくれるなら、ちゃんと大事にするよ」
恥ずかしいから顔を見ないで応えた。
耳元で円が微笑んだ気配がして、腕が解かれた。
「じゃ、行こうか」
智颯の手を握って、円が歩き出す。
その手を握り返して、智颯も歩き出した。
西館校舎の三階、科学準備室の隣の科学室がオカルト同好会に宛がわれた部室らしい。
「なんというか、場所までお誂え向きというか」
円が呆れたように零した。
妖怪と思しき教員が《《捕食》》していた現場の隣というのは、ぞっとしない。
「直桜様が話していた淫鬼邑は結界の中に在ったって話だし、この場所が結界でどこかに繋がっている可能性は、ないんだろうか」
智颯の推察に、円が同意した。
「ありそうだね。捕食してすぐ逃げられるように、とか。気配の感じ方が飛び飛びだったのは、そのせいかもね」
この学園にきてすぐ妖怪の気配を察知した円は、「時々しか感じない」と話していた。なにか、関係があるのかもしれない。
階段の方から足音が聞こえてきた。軽やかな足取りからして女性だろうと思っていたら、坂田美鈴が角からひょっこりと顔を出した。
「あ、遅くなってごめんね。鍵、締まってて入れなかったでしょ?」
「いえ、僕たちも、ちょうど今、来たところです」
「そうなんだ。タイミング良かったね」
円と智颯を通り越して、美鈴が教室の鍵を開ける。
扉を開こうとして引っ掛かり、渋い顔をした。
「あれ? 開かないよ。なんで?」
扉をガタガタ揺らしている美鈴を見兼ねて、円が手を出した。
「先輩、もしかして、閉めました?」
美鈴の手から鍵をするりと奪うと、もう一度鍵穴に差し込む。
がちゃりと、鍵が開いた音がした。
「もしかして、最初から開いてた? 二人は何で入らなかったの?」
「来たばかりだったので」
智颯の返答に、美鈴がふぅんと鼻を鳴らす。
「ありがとね、花笑くん」
美鈴が円ににっこりと笑いかける。
何となく、智颯への態度より柔らかい気がした。
扉を開くと、中には既に人がいた。伊吹保輔と、例の教員だ。
智颯と円に緊張が走った。
「お前ら、何しとんの?」
呆れ顔で、保輔が三人を眺めている。
「だって、鍵が開いてると思わなくってさぁ。保輔は、どうやって入ったのよ?」
「最初から開いとったよ。先生、いたし」
保輔が教員を見上げる。
「俺はここでよく仕事をしているからね。西館は解放されている教室も多いんだ。取り壊しが決まっていて貴重なモノも置いてはいないし、施錠の義務もないんだよ」
美鈴がぐったりした顔をした。
「最初から教えてくれたらいいのにぃ。わざわざ東館の端っこの職員室まで鍵を取りに行った私の労力と時間を返せ」
美鈴がポカポカと保輔を殴っている。
「俺にあたんなや。自分の確認不足や。いい運動してダイエットになったんちゃうの」
文句を言いながら保輔は美鈴に大人しく殴られてあげていた。
二人の姿を見ていると、保輔が反社のリーダーだとは、とても思えない。
昨日、話した感じからも、悪い印象はなかった。
(心象に流されちゃダメだ。しっかりしないと)
気合を入れ直している智颯に向かい、例の教員がすっと手を差し出した。
「君が峪口智颯君? 美鈴が無理を言ってすまないね。俺は化学教師の六黒《むくろ》だ。オカルト部、いや、同好会だっけ? 一応、顧問だから、よろしくね」
差し出された手を、そっと握る。
見上げると、端正な顔が笑みを湛えていた。
改めて立っている姿を見ると、身長が高いなと思う。
「坂田先輩と、お知り合いなんですか?」
生徒を下の名前で呼ぶのは、あまり一般的ではない気がした。
「ああ、従兄妹、になるのかな。最近、知ったんだけどね。この学園に赴任したのも最近だから、世話になってるんだよ。だから、顧問も断れなくってね」
口元に手を添えて、こそっと智颯に耳打ちする。
隣で円の指が小さくピクリと震えた。
何か事情がありそうだが、踏み込みづらい話だ。どうしたものかと思っていたら、保輔が声を掛けてきた。
「二人とも、こっち来て座りや。先生も、つっ立っとらんで座ってや。でかいのやから、部屋が狭なるわ」
保輔も、六黒に容赦がない。美鈴の関係で仲が良いのだろう。
或いは、bugsの関係の方かもしれないが。
智颯は円と目配せして席に着いた。一番手前の廊下側の椅子に並んで腰かける。
六黒が智颯の隣に座った。心なしか距離が近く感じる。
(須能班長と一緒にいる淫鬼に会ってくれば良かったな。何かヒントがあったかもしれない)
昨日の今日で時間もなかったが、下準備が足りなかったと、後悔した。
「んじゃ、この書類にサインしてや。そんでオカルト同好会設立やねん」
保輔に差し出された同好会申請届けに署名する。
智颯に次いで、円が名前を書いた。
その姿を美鈴がワクワクした様子で眺めている。
「ほい、どうも。で、これを先生に渡したら終わりやんな」
「預かるよ。僕から提出しておくから」
六黒が保輔から書類を受け取ったのを見て、美鈴が諸手を上げた。
「やったー! これで念願のオカルト活動できるぅ!」
とても嬉しそうな顔を見ていると、ちょっと良いことをした気分になってくる。
「坂田先輩がやりたいオカルト活動って、実際にはどんなものなんですか?」
智颯は純粋な興味で聞いてみた。
美鈴には入学したての頃から追いかけ回されている。それくらいは聞いてみたい。
「ふっふーん。私がやりたいのはねぇ。ズバリ、催眠術!」
「催眠、術?」
思っていたよりナナメな回答で、智颯は呆気に取られた。
「それって、オカルトですか?」
隣に座る円が突っ込んだ。きっと智颯と同じ感覚に違いない。
「オカルトだよぉ。例えばさぁ、二人は、催眠術ってどうやって掛けると思う?」
智颯と円は顔を合わせた。
「言葉で誘導して意識を操作していくイメージですね。コツさえつかめば一般の人でも出来そうな気がしますが」
思わず普通の回答をしてしまった。
きっと美鈴が欲しい答えはこれではないんだろう。しかし、美鈴はニタリと笑んでいた。
「基本はソレ。でも、プラスアルファで道具を使えばもっと掛かり易くて面白いと思わない? 例えば、ホラ、ちょっといい匂い、してきたでしょ?」
「匂い? 何も感じませんが」
智颯は辺りを見回した。隣にいる円が、ウトウトしている。
「確かにちょっと、甘い匂いがしますね。これ、何ですか……」
円の頭がくらりと傾く。
「待ちぃや、大丈夫か、花笑」
円を支えようとした智颯の手を、六黒が握った。その隙に保輔が円の体を支える。
六黒に手を握られた瞬間、噎せ返るような甘い香りが鼻腔に入り込んで来た。
(なんだ、この匂い。さっきまで全然、感じなかったのに)
「智颯君は感じにくい人なのかな? それとも君が、惟神だから?」
耳元で囁かれて、思わず仰け反る。振り払おうとしても、手に力が入らない。
「こうやって手を握って神力を抑え込めば、感じるみたいだね。逃げなくていいよ。少しずつ気持ちよくなってくるから」
「離、せ……」
隣に座る円を横目に確認する。
智颯より多く吸い込んでいるのか、ぐったりした体を保輔に預けている。
「あぁあ、花笑は効きやすいんやなぁ。もう勃っとるもん。可哀想に、ほら、こっち向きや。いっぱい気持ちよくしたるさけ」
保輔が智颯を眺めてニヤリと笑んだ。
(やっぱりコイツ、そういうつもりで……)
顎を掴まれて、顔を上向かされた。目の前に六黒の顔がある。
「そろそろ悦くなってきたね? ここ、こんなに腫れてるよ」
六黒の指が智颯の股間を撫で上げる。
快感が背中を走って、全身が大袈裟に震えた。
「ぁ、ん……、や、やめ……」
円の声がして振り返る。
保輔に執拗に唇を貪られて、体を震わせていた。
(まずい、このまま飲まれたら。早く、腕を振り払って、神力を……)
温かくて柔らかいモノが唇に触れる。
唇が重なっているのだと気が付いたら、自分から押し付けていた。
「さぁ、楽しい催眠パーティーの始まりね」
美鈴の声が遠くに聞こえる。
快楽の波が押し寄せて、意識を攫って行った。
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