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第29話 皆で帰ろう
総てを終えて帰る頃には、すっかり陽が昇っていた。
智颯と円が直桜に駆け寄って一目散に謝ってきたが、そういった話は帰ってからということにして、全員、車に乗り込んだ。
護の空間術で移動するにはさすがに人数が多すぎるので、大型のバンで移動してきたのだ。
車が走り出すと、案の定、皆ウトウトしだして、眠ってしまった。
「疲れたのでしょうね。智颯君や瑞悠さんは初めての大事件でしたでしょうから」
バックミラーで皆の様子を確認した護が、安心した顔で笑んだ。
一番後ろの座席で、智颯を真ん中にして円と瑞悠が凭れて眠る姿は、微笑ましい。
「今回は初と稀も頑張ってくれたからね。|13課組対室《ウチ》に来てくれないかな」
隠密の機動力としては、かなり身軽で有能だった。
そんな二人も、二列目のシートに座って互いに身を預けながら、ウトウトしている。
「諜報担当に相談すれば、いつでも協力してくれそうですよ」
確かにそうかもしれないが、常駐の面子として欲しい戦力だ。
直桜はちらりと後部座席に目を向けた。
稀の隣に座る保輔は静かに、窓の外の景色を眺めていた。
「取引、乗ってくれてありがとう」
直桜が声を掛けると、保輔が目線だけを前に向けた。
「こっちこそ、助かりましたわ。俺一人じゃ、歌舞伎町の奴らは、どうにもできひんかったんで」
傾けていた体を前に戻して、保輔が直桜に頭を下げた。
「けど、俺が守れたんは瑞悠だけや。円と智颯君は結局、六黒に喰われた。命は取られへんかったけど、全くの無傷でもない。無事にとはいきまへんでしたわ」
護が、クスリと笑った。
「伊吹君は真面目ですね。それについては、君のせいではありません」
「いや、俺の責任や。三人を無事に返すんが瀬田さんとの取引の条件やった。十分とはいえへん」
保輔が暗い顔で俯く。
「その辺は円くんと智颯の問題だよ。自分の身は自分で守れないといけない二人だからね。瑞悠は無傷だし、三人が生きて帰ってきたんだから俺との取引条件は十分満たしてるよ」
直桜の視線を受けて、保輔が俯いた。
「俺のことは、普通にしょっ引いてや。保護してもろた奴らに風俗まがいの仕事させとったんは俺や。運営管理も俺の仕事やった」
「その辺りの指示は坂田美鈴が仕切っていたと、歌舞伎町で保護した子たちから証言が取れているそうですよ」
bugsのリーダーとして名前を前面に出してはいたが、保輔は仲間にそういった仕事をさせることには反対だったらしい。
そもそもbugsが精子バンクを始めたきっかけが、坂田美鈴なのだそうだ。
護の言葉に、保輔は顔を背けた。
「そんなん、今更や。責任取るんは、リーダーの俺やで。美鈴はもう、死んでもうておらんのやから」
最後の言葉は小さくて、力がなかった。保輔の視線が下がる。
「そう、じゃぁ、責任取ってもらおうかな」
「保輔だけが悪いわけじゃない! 美鈴が死んだのも、bugsの件だって、保輔が一人で責任取らなくてもいいよ!」
直桜の言葉に瑞悠が言葉を被せた。
一番後ろの座席から身を乗り出した。
「悪くないわけじゃないだろ。責任取るのは当然じゃないのか?」
「智颯君、保輔に容赦ないね。俺も保輔には情状酌量があっていいと思うけど」
智颯の冷静な意見に、円がやはり冷静な意見を返している。
いつの間にか起きていたらしい。
円が流暢に話しているのを聞くのは、智颯が告白していたところを盗み聞きした時以来だなと思った。
「みぃも円も保輔に甘くないか?」
「だって、保輔はみぃを守ってくれたもん。みぃのためにずっと一緒にリバーシしてくれたもん」
「瑞悠、弱かったなぁ。一回も俺に勝たれへんかったなぁ」
保輔が、ぼんやりと呟く。
さっきまでの悲壮感が抜けた顔で、窓の外に目を向けていた。
「次は勝つよ。絶対負けないから!」
「何回も聞いたわ。耳タコや。お前、絶対俺に勝てへんで」
「そんなに何回もやってたの?」
円の問いに瑞悠が悔しそうな顔で頷く。
「円と智颯君が六黒に喰われてる間、ずっとやからなぁ。長かったでぇ。さすがに途中で飽きたもん。淫鬼の食事、そなぃに気持ち良かったん?」
「そんなわけないだろ。お前は僕に喧嘩売ってるのか?」
智颯が保輔の首を絞めている。
円が慌てながら智颯の腕を引いた。
「智颯君、そんなに締めたら本当に苦しいから」
「あはっ。智颯がそんな風に誰かとじゃれるの、珍しいね」
四人のやり取りを見ていたら、思わず吹き出してしまった。
笑う直桜の後ろで、初と稀も物珍しい顔をしている。
「円が他人の前でちゃんと話しているのも久しぶりに聞きました」
「そうだねぇ、草モードじゃないのに、慣れない人の前で、珍しいねぇ」
指摘されて気が付いたのか、円が顔を真っ赤にしてシートに沈んだ。
「直桜様、保輔には温情ありの措置になるよね。保輔は反魂儀呪の情報も理研の情報も持ってる。13課に有益な人だから」
瑞悠が何時になく必死だ。
そういえば、瑞悠が他人の前で素の話し方をしているのを聞くのも久し振りな気がする。
「温情とかいらんし、13課に行く気もない言うたやろ。少年院でも刑務所でも送ってや」
鬱陶しそうにする保輔を、直桜は振り返った。
直桜の視線から逃げるように、保輔が窓の外に顔と体を向けた。
「伊吹君は何故、13課に来たくないんですか?」
護の問いかけにも、保輔は返事をしない。
ただ視線だけを護に向けた。
バックミラー越しに護を眺める保輔の目には、どこか恐怖が滲んで見える。
「そっか、来たくないのか。じゃぁ、仕方ないね」
保輔の視線が直桜に向いた。直桜は体ごと後部座席を振り返った。
「今日から保輔には俺の補佐に入ってもらう。身柄は13課組対室預かりってことで」
「えぇっ⁉」
智颯が大袈裟なほどに叫んだ。
「良かったね、保輔!」
喜ぶ瑞悠とは裏腹に、保輔が大変嫌そうに訳の分からない顔をしている。
「なんで、そうなんねん。嫌やって言ってんのに。俺は正しく罰してほしいねん」
「うん、だからさ。嫌がる罰が一番いいかなと思って。保輔の処遇は室長を通して警察庁副長官から一任してもらってるから、保輔をどう扱うかは俺の自由だよ。拒否権、ないからね」
保輔があんぐりと口を開けて、直桜を眺めている。
「縁故、使いまくりか。アンタ、性格悪いのやな」
ハッキング能力がある保輔なら、13課の職員の事情は把握しているだろう。
警察庁副長官の桜谷陽人が直桜の従兄弟である事実も、知っている様子だ。
呆気に取られる保輔に、笑って見せた。
「俺は性格悪いよ。恋人にも初見で言われるくらいだからね」
「……直桜、そのネタいつまで使うつもりですか。いい加減、やめましょう」
護が違う意味で疲れた顔をしている。
さすがに申し訳なかったなと思った。
「直桜様は性格悪くなんかない。お優しい方だ。もっと直桜様の優しさを思い知れ」
智颯がまた保輔の首を絞めている。
「保輔、良かったね。これでまた会えるよ。秋ちゃんも喜ぶよ」
「え? 秋ちゃんてまさか、速秋津姫神のこと?」
瑞悠の発言に、思わず聞き返してしまった。
「そそ、秋ちゃん、保輔のこと気に入ったみたい。神気を口から流し込んで助けてあげなさいって指示してくれたの、秋ちゃんなの」
刺された保輔を瑞悠が神力で助けた報告は受けていた。
しかし、口移しとは聞いていない。
直桜は初と稀に目を向けた。二人が不自然なまでに目を逸らした。
今度は、円と智颯に目を向けた。
円が、ぎこちなく微妙な笑みで直桜に向かい頷いた。
智颯が項垂れて、やっぱり保輔の首を絞めている。
「智颯君、最早俺のこと、好きやんな。一番、絡むもん」
「全然、好きじゃない。僕はまだ認めない、認めてないからな!」
何故、智颯が執拗に保輔を毛嫌いしているのか、理由が分かった。
「そっか、それはちょっと、ビックリした」
運転している護も、驚いた表情をしている。
さすがに直桜も驚いた。
(槐が言っていた、保輔の未開化の霊能。開花させるのは危険かと思っていたけど、そうも言っていられないかもな)
直桜のレベルアップに必要なだけなら折を見てと考えていた。だが、瑞悠のパートナー候補となると、話は変わってくる。
つまりは、惟神のパートナーになれるほどの実力の持ち主だということだ。
速秋津姫神は祓戸四神の中でも特に慎重な性格の神様だ。勢いやノリで保輔を選んだとは考えられない。
(惟神の神が、速秋津姫神が初見で保輔を気に入るくらい、相性も良いってことか。……色々と良さそうではあるけど)
瑞悠だけでなく、円や智颯の様子を見ていても、四人でいることに既に違和感がないなと思う。
「良い仲間になれそうですね」
護がバックミラーをちらりと眺めて、直桜に視線を向けた。
「そうだね」
難しいことは後で考えて、今は一先ず無事に戻ってきてくれた若者たちを静かに労おうと思った。
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