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第30話 おかえり

 13課組対室に戻ると、清人たちも既に戻っていた。  智颯と円、念のために瑞悠も回復室で明日まで治療と経過観察になった。全身をチェックし軽い治療を終えた保輔だけは、小一時間で組対室に戻った。 「疲れてるなら明日でもいいぞ。貫徹だったし、眠ぃだろ。時間はあるから急いでねぇよ」  清人の言葉に、保輔は首を振った。 「今更、寝る気にはなれへんし、出来ることは今のうちにしといた方がええやろ。明日になったら、色々面倒もありそうやしね」  面倒とは、智颯や瑞悠のことだろうと思った。   明日になって回復室から出てくれば、きっと同席したがる。それを面倒に感じているのかもな、と思った。 「そうか。んじゃ、挨拶な。俺が13課組織犯罪対策室室長の藤埜清人だ。よろしくな」  清人の手をとり保輔が頭を下げた。 「まずはお礼、言わしてや。bugsのメンバーを引き受けてくれたこと、メンバーへの寛大な処遇、本当に有難うございました」  保輔が紗月や直桜、護に向かって、もう一度、頭を下げた。 「なんだ、結構ちゃんとしてんじゃん。まともな話は聞けそうだな」  清人に促されて保輔がソファに腰掛ける。  護にコーヒーを手渡されて、保輔がぺこりと頭を下げながら受け取る。その仕草はどこかビクついて見えた。 「保護したメンバーは今、集魂会にいる。今後も行基たちの元で生活してもらう。集魂会は今、13課の下部組織、正確には|13課組対室《ウチ》の直下だ。時には仕事もしてもらうが、異論はないよな」  清人の説明に、保輔が顔色を変えずに頷いた。 「充分、有難いし、俺に異論を挟む余地も権限もない。瀬田さんとの交渉の時点で、その話は聞いたし飲んださけ、それで構いまへんよ」  清人が頷き、表情を改めた。 「じゃ、こっからが本題だ。bugsは最近まで独立した活動をしてたな。なんで反魂儀呪の傘下に入った?」 「精子バンクを始めたのも反魂儀呪に下った後だよね? 理研とはその前から繋がってたの?」  清人と紗月の質問に、保輔も表情が変わった。 「bugsは理研から逃げてきたり捨てられた連中の溜り場やった。始まりは只の不良集団や。生きるのに金が必要でコスい商売しとった程度や。理研と付き合いが戻ったんは反魂儀呪の傘下に入ってから。下った理由は、情報が欲しかったからや」 「情報? 反魂儀呪のか? 何のために?」  清人の眉間に皺が寄った。 「理研と、理研を支える反魂儀呪を潰すため。その後ろにある、でっかい闇の正体を暴くためや」  思っていた以上に大きな理由と、あまりに13課組対室の目的と重なり過ぎていて、直桜は息を飲んだ。 「そんなら最初から13課につく方が、危険もなくて有意義だったんじゃねぇの?」  清人が尤もな質問をした。  保輔の視線が清人に向いた。 「アンタらは反魂儀呪の内部事情をどれだけ知っとる? 根城の場所は? 構成員は? 護衛団の九十九が現在何人おるか、答えられるんか?」  清人が黙ったまま、保輔を見詰めた。 「知らんやろ。だからや。理研も反魂儀呪も外側からじゃ探れん。だから、内側に入らなあかんと思うた。理研は、そもそもが俺にとっては実家やからね。体感でわかってた。本気で探り入れんなら、入り込むしかないってな」  清人が息を吐いて頭を掻いた。 「お前が思い切りの良すぎる奴だってのは、わかったよ。じゃぁ、なんで今度は反魂儀呪を裏切って直桜の誘いに乗った? bugsが反魂儀呪の傘下に入って、まだ一年程度ってとこだろ。情報収集は終わったのか?」    保輔が渋い顔をして首を横に振った。 「まだまだ情報は足りん。けど、これ以上は危険やと思ぅた。命の危険を感じた。瀬田さんの取引は俺にとってはタイミング良かってん。格好悪い話やけどな」 「その命の危険て、自分じゃなくてメンバーの子たちの話でしょ。呪術の実験に何人か寄越せって命令無視したせいで、今回の惟神の精子の採取やらされたわけでしょ」  紗月の言葉に、保輔が顔を背けた。 「あいつら、喋りおったんか……」  ぼそりと呟く保輔の眉間に皺が寄っている。  初と稀の報告では、保輔は死ぬつもりでいたらしいから、確かに自分の命の話ではないのだろう。 「坂田美鈴はbugsが反魂儀呪の傘下に入ってから、反魂儀呪経由で理研から派遣されたって武流に聞いてる。でも前から知り合いだったんだろ? 保輔が理研や反魂儀呪を潰したい理由って、その辺なの?」  保輔がちらりと直桜に視線だけ向けた。 「武流に何をどこまで聞いたん?」 「碓氷さんや武流は幼い頃、保輔と同じ場所で育ったって。そこに坂田美鈴もいたって聞いた。理研で生まれた他の子とは区別された、masterpieceって分類の候補だったって。それ以上は時間がなくて聞けなかったよ」  保輔が小さく息を吐いた。 「masterpieceは正確には|code《分類》やない。理研が作りたい理想の人間を指してんねや。霊能があって生殖能も強い人間や。少子化対策は建前やけど、目的でもあるんよ。良質な遺伝子を残すためのな」 「霊元が強い人間の遺伝子を残したいってこと?」 「そういうこっちゃ。一番の目的は霊元が強い人間を人工的に作ることやけどな。masterpiece候補は第二次性徴が終わるまで隔離されて特別待遇やねん。生殖能は勿論、俺らは霊能も性徴に合わせて変化するらしいから、大体九~十五歳くらいの間で最終決定される。その時点で俺はbluderやってん」  難しい顔で保輔の話を聞いていた清人が、口を開いた。 「masterpieceは最高傑作だろ。bluderてのは失敗作か」 「せや。その下にbugがある。bluderとbugはcodeで四つに分けられる。俺のcodeは土蜘蛛。このcodeは俺しか持ってへんねん。ほとんどが犬夜叉か夜雀、珍しいのが覚やな。脳神経系に作用する力を持っとる奴らや」  清人の顔が益々険しくなっていく。  人間を分類する理研のやり方が気に入らないのだろう。怒りが肩から昇っているように見える。 「俺と美鈴と、武と、蜜、あと三人いたのやけど、そん中で本物のmasterpieceは二人だけや。美鈴は、違ぅたみたいやしな」  保輔の顔が少しだけ俯いた。 「俺がbluderで、武と蜜はbugにされて集魂会送りや。俺はそれが嫌で逃げた。皆で暮らしてたあん頃は、楽しかったよ。まさかこんな風に、生き方が分かれるなんて、あん頃は思うてなかったなぁ。なんて、言うても意味ないけどな」  思い出を噛み締めるように、保輔がゆっくりと話す。  その表情は、笑んでいるようにも悲しそうにも見えた。    エレベーターが開く気配がして、事務所の扉が開いた。 「遅くなって、すまなかった。今日は桜ちゃん、来られそうにないから俺だけで勘弁してくれるかい?」  重田優士が慌ただしく入ってきた。  どんなに忙しくても余裕で構えている人が、珍しいなと思った。  後ろを振り返った保輔が、優士の姿を見詰めて、動きを止めた。  その視線に気が付いた優士もまた、保輔の姿を見詰めて足を止めた。 「やぁ、君が伊吹保輔君? 集魂会でも反魂儀呪でも会わなかったね。尤も反魂儀呪では外で良いように使われていただけだけど。君はもっと内側まで入り込めたんだろう? 色々話を聞かせてもらえると、助かるよ」  優士が保輔に手を差し出す。  ゆっくりと立ち上がった保輔が、やはりゆっくりと優士に歩み寄った。 「アンタが、重田、優士、さん?」  保輔の声が明らかに震えている。 「うん、そうだよ。安倍英里の夫で、13課ではバディだった」  何故今、英里の名前が出てくるのか、直桜には不思議だった。 「安倍英里ちゃう。英里は、重田英里や。そうか、アンタが、英里を幸せにしてくれた人なんやね。アンタの中に、今でも英里は生きとんのやね」  保輔の震える手が、優士の胸に触れる。 「英里の霊元のお陰で、俺にも英里の記憶が断片的にあるんだ。君は幼い頃、理研の特別保育園で英里に育てられたんだね。古い記憶は少ないから、わからないことの方が多くて申し訳ないけど、英里に懐いてくれていたんだね」  保輔が何度も首を振る。 「俺のことなんか、覚えてなくてもええ。アンタが生きててくれるだけで、ここに英里がおってくれるだけで、ええねや」  まるで英里の霊元を求めるように保輔が優士の胸に顔を付ける。  縋るような保輔の背中を、優士が優しく撫でた。 「おかえり、保輔。長いこと放ってしまって、ごめんね」  優士の声が英里の声と被って聞こえた。  保輔の肩が震えた。  透明な雫がいくつも零れ落ちているのが見えた。

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