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第32話 朝ごはんサプライズ
事件の解決から二日が過ぎた。
智颯と瑞悠は身体に問題なく、いつも通り学校に通っている。円は呪法解析部の仕事に戻った。
13課組対室の直桜たちにもまた、日常が戻ってきた。
「おはようさん、入るよ~」
保輔の声がして、直桜はキッチンから顔を出した。
301号室の玄関から入ってきた保輔を手招きした。
「こっちがキッチンだから、入っていいよ」
「なんや、このマンション、造りがえらい複雑やんな」
保輔は、直桜たちが暮らすマンションの二階の部屋に住むことになった。
元は霊・怨霊担当埼玉支部の事務所だったが、そもそもが社員寮のようなものらしい。事務所がある三階に直桜と護の部屋もある。三階はそれで満室だが、二階は三部屋開いているので、そのうちの一部屋を使ってもらうことにした。
「そうだね。事務所は警察庁に繋がってるけど、俺たちが住んでるマンション部分は岩槻のままだからね」
梛木の空間術で事務所が警察庁の地下十三階のフロアになっているが、扉を出て自分たちの部屋に入れば、さいたま市岩槻区だ。
二階の居住区も岩槻なので、警察庁側に行く場合、三階の事務所からエレベーターで地上に上がる。
「自分の部屋は二階やのに、三階の事務所は地下やから、なんか混乱するわ」
「学校に行く時、間違わないようにね」
保輔がサラダの野菜を洗いながら、ちらりと直桜を見た。
「高校、続けさしてくれて、おおきに」
保輔は、13課所属後も高校に継続して通学することが決まった。本人は仕事に専念するために辞めると言っていたのだが、優士がストップをかけた。
『保輔、勉強するの好きだよね? 本を読むのも好きだし、書くのも好きだろ? だったら、学校は行きなさい』
優しい鬼畜は、皆の前で個人の趣味を堂々と暴露った。きっと英里の霊元に残っていた記憶なんだろう。
保輔が素直に頷いていた。どうにも重田優士には逆らえないらしい。
「13課って十六歳から所属出来るから、学業と兼業してる子、結構多いよ。智颯と瑞悠もそうだし、俺もまだ大学生だしね」
「瀬田さん、大学生なん? 学部、何?」
「神代大学の物理学部、遺伝子工学科」
「やっぱ、それなりにええ大学、入っとんのやね。でも、学部は意外や。神様関係あれへんやん」
直桜が野菜を千切って盛り付けている間に、スープ用の野菜を保輔が刻んでいる。
沸騰した湯に野菜とコンソメを突っ込むと、蓋をする。冷蔵庫から卵を取り出した。
とても手際が良いなと思う。
「だってさ、今更、大学で神様の勉強してもね……」
微妙な顔をする直桜に、保輔も微妙な顔になった。
「それも、そぅやね。釈迦に説法みたいなもんやんな」
「それに大学に入った頃の俺は、惟神の力が嫌いだったし13課に入る気もなかったから、関わりがありそうな学部は選ばないようにしてた。自分と全く関係がない中で、興味がある分野を選んだ感じかな」
保輔が手際よく卵を割って、ボールでシャカシャカとかき混ぜている。
直桜は、その脇でトーストの準備をすることにした。
「それなぁ、八張槐に話をちらっと聞とったさけ、実際に瀬田さんに会ぅて、びっくりしたんよ。こないに神様そのものみたいな人が、どないして普通に紛れられると思うたんかなって。無理やろ絶対ってな」
鍋のスープを味見する。
皿に掬ったスープを保輔の口元に持っていく。チロチロと舐めると、塩と黒コショウで味を調える。
「火ぃ止めてええよ。卵焼き、甘いんと塩辛いん、どっちがええ?」
「俺は甘いのが良いけど、護は甘くないのが好きなんだよね」
「ほんなら、どっちも作ったる。瀬田さんのスクランブルエッグにするか」
「いいの? やったぁ」
素直に喜んだ直桜を振り返った保輔が、ぷっと吹き出した。
「子供みたいやん、可愛いなぁ。ウチの、あ、いや、bugsのガキと一緒やで」
そう言って屈託なく笑う保輔の方が、普段の姿よりずっと幼く見えた。
「さっきの神様そのものってさ。たまに言われるんだけど、俺ってそんなに神々しいの?」
自分から聞くのは恥ずかしいが、気になっていた。そういうオーラを出している自覚はない。
「別に背中から後光が射しとるわけやないで。なんつーか、存在感やんな。魂の色が普通の人間やない。強い術者なんてレベルやない。次元が違い過ぎるんや」
フライパンの中の卵を箸でガシガシ混ぜながら、保輔が何気なく話す。
「魂の、色。わかるの?」
静かな声で問うた直桜をちらりと眺めて、保輔は頷いた。
「そこの皿取って、おおきに。わかる言うか、感じるいうかな。俺からしたら物心ついた時からやさけ普通やけど、誰でもは見えんし感じんもんだとは、英里に聞いたよ」
渡した皿に直桜リクエストの甘いスクランブルエッグを移す。キッチンペーパーでフライパンを拭きとると、油をひいて、今度は護のオムレツを作り始めた。
本当に慣れているなと思う。きっとbugsでは年下のメンバーに、こんな風にご飯を作ってあげていたのだろう。
(保輔の能力は、直霊術に近い力かもしれないな)
魂に関与するほどの能力を、直霊術や四魂術以外に直桜は知らない。あとは惟神の神力くらいだ。
「化野さん、チーズのアレルギーとか好き嫌いとか、ある? チーズオムレツにしたって、ええ?」
「あ、うん、ないよ。使って大丈夫」
卵の上のチーズがいい感じに溶けて、美味しそうだ。
直桜もチーズオムレツにすれば良かったかなと、ちょっとだけ後悔した。
「化野さんは、瀬田さんの眷族やんな。眷族って、そう簡単に絆、切れたりせぇへんよな」
保輔が小さな声で呟いた。
「何か、心配なことでも、あるの?」
「心配……、どっちかていうと、不安やな。俺は、ちょっとだけ化野さんが、怖いねん」
保輔の言葉には幾つか思い当たる節があった。
護が保輔に視線を向けたり接したりする時、少し怯えた態度や表情をする。
「護って、あんまり人に緊張感とか与えるタイプではないと思うんだけど」
「わかる。わかるんや。アレは全くの別人や。魂の色が全然違う。むしろ、アイツのんは魂かも、わかれへん」
「アイツ? って、誰のこと?」
チーズオムレツを皿に盛って野菜をトッピングする。
その手を止めて、保輔が目を上げた。
「反魂儀呪の護衛団・九十九は、基本、呪人の術いう呪術で木偶や死んだ人間の体に御霊や怨霊を降ろす。名前に数字が入っとぅけど、強さの順やない。生まれの順や。死んで数字が空けば新しいのが補填される」
保輔がオムレツの皿をテーブルに運んだ。
直桜も倣って、スープを準備する。
「九十九を作っとんのは、一の数字を持つ男や。人……なんやろうけど、俺には何者か知れんかった。あん男は、怖い。底が知れん。気ぃ抜いたら命、吸われそうな怖さや。ソイツの見た目が、化野さんにそっくりなんや。声も話し方も瓜二つやねん」
直桜は息を飲んだ。何も言えなかった。
保輔の話は解らないことだらけだ。わからないなりに、わかることが最悪の事実だからだ。
「その男の名前って、わかる?」
恐る恐る聞いてみる。
「一護《いちご》。漢数字の一に、化野さんの下の名前の護や。これって、偶然なん? そんなわけあれへんよな?」
保輔の目に不安が滲んでいる。
気分が悪くなって、直桜は口元を抑えた。
「偶然では、ないよ。どうやって護にそっくりな男を作ったのかは、わからないけど。一つ確かなのは、槐が狙ってソレを作ったってこと。護は、槐のお気に入りだからね」
今度は保輔が驚愕と嫌悪の顔になった。
「趣味が悪すぎるわ。一護は残虐やし命をモノみたいに扱う男や。感覚が狂い過ぎてて、理解できん。化野さんとは似ても似つかん性格や。せやのに、あの怖さが沁みついてて、どうしても反応してしまうんよ」
冷蔵庫からジャムを取り出し、保輔が並べる。
「会ぅてからも、今も、化野さんには良くしてもろてんのに、申し訳ない思うて。けど、本人には言われへん。聞いて気持ちがええ話では、絶対にないよってな」
保輔が直桜を振り返った。
「瀬田さんも気分ええ話ちゃうやろ。ごめんな、朝から、こないな話して。けど、どうしても早いうちに話したほうがええ思うたんや」
直桜は保輔に手を伸ばして、頭を撫でた。
泣きそうな目をしていた保輔の頬が赤く染まる。
「聞けて良かったよ。保輔も、あんまりしたい話じゃなかっただろ。ていうかさ、今日、朝ごはん作ってくれたのって、護のため?」
今日の朝食づくりは保輔からの提案だった。
朝食を作っておくから二人は寝ていていいと言われたが、護にサプライズをしたかったので、保輔と二人で作ることにした。
結果的にほとんど保輔に作ってもらってしまったが。
「いや、それは。化野さんだけじゃのぅて、瀬田さんにもやで。散々世話んなったし、今の俺に出来ることは、こんくらいしかないさけ」
照れた目を逸らして、保輔が鼻を搔いている。
その仕草が子供じみていて、可愛らしい。
時折見せる保輔の子供っぽさは普段と随分と差があって、背伸びしているんだなと改めて思う。
「直桜! 寝坊しました! ……って、アレ?」
キッチンの内側の扉が勢いよく開いて、護が入ってきた。
すっかり朝食の準備が整っているテーブルの上をぼんやりと眺めている。
「おはようさん。よぅ眠れましたん?」
「おはよう、護。今日の朝ごはん、保輔が作ってくれたんだよ。お礼だってさ」
「瀬田さんも手伝ぅてくれました」
「俺、ほとんど何もしてないけどね」
「野菜千切ったり、スープ掬ったり、箸並べたりしたやん」
「だから、そんな程度だよ。あとは、護の目覚ましを一時間遅らせたくらい」
「一番のファインプレイやん」
直桜と保輔の会話を聞いていた護が、吹き出した。
「いつの間にそんなに仲良くなったんですか、二人とも。妬けてしまいますね」
「心配あらへん。俺の恋愛対象は女や。男には惚れへんよ」
びくっとする直桜に、保輔が平然と言い放つ。
「ありがとうございます、二人とも。急いで顔を洗ってきますので、早速いただきましょう」
護が保輔に歩み寄り、頭を撫でた。
「他人に作ってもらって食べるご飯は久しぶりです。とても嬉しいです」
護がパタパタと洗面所に小走りに入っていく。
その背中が既に嬉しそうだ。
「まだ怖い? 護とやっていけそう?」
保輔が撫でられた頭に触れて、小さく笑った。
「きっと、大丈夫や。一護の感覚は化野さんが消してくれる気がするわ」
保輔の顔に昇った笑みに安堵する。
同時に、九十九の一護の情報が、直桜の胸に小さな棘のように刺さっていた。
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