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第33話 能力の開花

 あっという間に十一月も中旬となった。  次は直桜たちが出雲に行く順番だったが、忍からお達しがあった。 「出雲へは、俺たちが先に行く。直桜たちは最後だ。伊吹保輔の能力開化を優先する。開花後の状態観察も含めて、よく視てやってくれ」  どうやら陽人の予定の関係らしい。忙しくて時間を合わせられないのだそうだ。  そういう訳で、忍と四季、清人に紗月が出雲へと旅立った。   「土日とかなら、保輔を休ませなくて済んだのになぁ」  13課組対室のソファで優雅にコーヒーを嗜む陽人に苦言を呈する。 「いやぁ、瀬田さん。警察庁副長官に何言うてますのん? 学校くらい、いくらでも休むわ」  直桜の発言に保輔の方が恐縮していた。 「bugsは警視庁にも追っかけられとった。俺がここにいられんのも、メンバーが誰一人傷付かんかったんも、全部こん人のお陰やろ。ありがとうございました。こん体は好きに使ぅてください」  陽人に向かい、保輔が頭を下げた。  保輔の指摘通り、bugsのメンバー及びリーダーとして名前が挙がっていた保輔を保護できたのは、陽人の采配だ。  その身柄を13課預かりとできたのも、陽人の根回しが大きい。怪異絡みとはいえ、それ以外の犯罪まがいの事件を過去に起こしているbugsを庇うのは一苦労だったに違いない。  今、陽人が忙しくしているのは、それも理由の一つにある。保輔はその辺りもよく理解しているようだ。 「自分を安売りしちゃダメだって、言っただろ? いくら偉い人相手でもね、ダメだよ。保輔はすぐに自分を手放そうとするから心配だよ。今すぐ、お父さんて呼ぶかい?」  陽人と一緒に来た優士が、保輔の額を小突く。  今日は紗月がいないから勘弁してほしいなと直桜的には思う。  この前の話題をまた引っ張り出されて、保輔が首を小刻みに横に振った。 「今は、堪忍してや……」  保輔が、ちらりと陽人を窺う。かなり意識している様子だ。 「僕の苦労に気が付いてくれる賢い子で良かったよ。しかし、君が気に病む必要はないよ。それが僕の仕事だからね。シゲが言う通り、自分を安売りする癖も直したほうがいい。今後はそれが命取りになりかねない。身売りされても死なれても困るからね」  陽人が保輔の胸を指で突いた。  保輔の体が一歩下がる。保輔が陽人を見詰める瞳は、先ほどから、どこか落ち着かない。  陽人が保輔を見上げて、ニコリと笑んだ。 「思ったより面白そうな子だね。拾った甲斐があったよ。早速だが、僕に会った第一印象を聞いてもいいかな? 忌憚なく本音で頼むよ」  陽人にしては珍しい質問だと思った。  他者の印象など、気にするタイプの人間ではない。あくまで情報として収集分析はしても、本人に聞いたりはしない人だ。  保輔が、息を飲んだ。 「魂の、色が、俺に似とる。他人とは、思われへん。けど、霊力は桁違いや。会った瞬間は怖い、思ぅたけど、よくよく見ると、ちょっと柔かい。嫌な感じはせぇへん」  保輔が述べた第一印象は、完全に霊能の方面だった。  そっちに恐縮していたのか、と納得する。同時にやはり、直霊術に関わりのある霊能なのだと確信した。  陽人が立ち上がり、保輔の背中に腕を回して引き寄せた。 「ぃっ……」  小さく悲鳴を上げた保輔の胸に手をあてて、保輔の顔を陽人が凝視した。 「やれやれ、まさかこんなところで見付かるとはね。直桜、化野、今回もお手柄だ」  陽人の言葉に、直桜と護は顔を見合わせた。 「約三十年前、桜谷集落から伊豆能売の魂が消えた時、桜谷家に裏切者がいたのだろうという話をしたね。その男は失踪して、死んでいたよ。霊元を抜かれてね」  理研の霊元移植室の実質のリーダーだった紗月の父親・霧咲吾郎が、桜谷集落から持ち帰ったのは直霊術の術法と伊豆能売の魂だ。  自分の息子に伊豆能売の魂を移植したせいで、今の紗月は女として生きている。  その時に、直霊術の術法を霧咲吾郎に引き渡した裏切者が桜谷家に存在するのだろうと、陽人は目星を付けていた。 「もしかして、もう調べてたの?」 「僕は桜谷家の当主でもあるからね。その程度、すぐに調べられる」  直桜の質問に、陽人はあっさり答える。  その間も、保輔から手を離さない。  保輔は体を強張らせて、されるがまま抱き締められていた。 「で、その裏切者の霊元が保輔の中にあるってこと?」  陽人が横目でちらりと直桜を眺めた。 「僕は会ったことがない人だったけどね。優秀な術者だったらしい。直霊術の中でも特に強化術を得意とした。強化術は大変特徴的で、桜谷家の中でも使える術者は少ない。現在では、僕だけだ」  これにはさすがの直桜も驚いた。  隣に座る護も、驚きの表情をしている。 「彼の霊元がそのまま移植されている訳ではなさそうだが、力が引き継がれていると考えて間違いないだろうね。槐が、解析ではなく僕に見せろと言った理由は、これだろう」  直桜は大きく息を吐いた。 「槐は気が付いていたんだ。まだ霊力を封じられてるのに、どうして気が付けたんだろう」  直桜ですら気が付けなかった事実に霊力が使えない槐が気付けるのは、納得いかない。  とてもモヤモヤして、言葉が不機嫌になる。 「気付ける術者が反魂儀呪にいるのかもしれないが。槐なら霊力がなくても気配だけで僕と同じ匂いを嗅ぎ分けるだろうね。アレが僕の匂いを無視できるはずがないからね」    陽人の目がいつもよりギラついて見えた。  依然、体をぴたりと合わせた状態の保輔が怯えている。 (陽人が槐に対して感情を露にするのは、久し振りだ。嫌悪と好意と嫉妬が混じったような、強い気持ちが、流れ出ちゃってる)  集落にいた頃の陽人と槐は幼少からの幼馴染であり、ライバルだった。幼い頃は仲が良かった二人は、周囲の環境と互いの立場で疎遠になっていったらしい。  直桜は仲が悪い二人しか記憶にないが、ただ仲が悪いだけの関係ではないんだなと、子供心に感じていた。 (だから陽人はきっと今でも槐を助けたいんだ。槐はきっと、護や清人に向けるのと似た恋情を、陽人にも持ってるんじゃないかな)  陽人の霊銃で撃たれた傷を「痛かった」と話した槐は、どこか嬉しそうだった。なんて、陽人にいったら静かにキレそうなので、言わないが。 「槐が本気で欲しがるワケだね」  ぽそりと零れた声に、陽人がピクリと肩を揺らした。 「桜ちゃん、保輔が怯えまくってるから、もうちょっと圧、弱めてやってくれるかい?」  優士に肩を叩かれて、陽人が改めて保輔を眺める。  直桜から見ても保輔の顔がぐったりしていた。 「失礼、悪気はないんだ。それにしても、保輔は目が良いね。魂の色まで見えるのかい?」  陽人が保輔の頬に手を添えて、下瞼をべろんと捲る。 「見える奴と見えない奴が、おりますよ。どっちかって言うと感じる方が多いし」  保輔にしては珍しく話し方がカクカクしている。 「他にも何か、混じっていそうだね。詳しく解析してもいいかな?」  保輔が何度も頷く。  陽人にずっと抱き締められたままでは、頷くしかないだろうなと思う。 「その前に開化させてしまおうか。解析はそれからでいいだろう」  背中を抱く腕を更に引き寄せて、再度、胸の真ん中に手をあてる。 「ちょっと待ってよ。順番逆じゃない? 解析してから開化じゃないの? 能力を開花するかしないかの決定権は保輔にあるだろ」  直桜の忠言を聞いた陽人の目が、保輔に向く。 「開花、してください。解析がどないな結果でも俺の答えは一択や。13課で生きるんなら、今より強い方がええ。どないな力でも欲しい」  保輔の目を見詰めていた陽人が笑んだ。 「良い答えだね。そういう覚悟の仕方は好きだよ。ウチに養子に欲しいくらいだ。いっそ、僕を父さんと呼ぶかい?」  保輔の顔があからさまに引き攣った。 「ふふ、冗談だよ」  陽人の手から朱が滲んだ光が溢れ出す。  糸のように伸びた光が何本も飛び交って、保輔の胸の中に入り込んだ。 「……えっ、あっ!」  前のめりになった保輔の体を陽人が受け止める。  体をぴたりと添わせて、直に霊力を送り込んだ。  険しかった保輔の表情が少しずつ緩んでいく。  瞬間、保輔から大量の霊力が吹き出した。流れ出ても余りある力が、霊元に内包されているのがわかる。 「こんなに、大きな力を押し込めていたんですね」  呆気に取られながら、護が呟いた。 「むしろ今までよく苦しくなかったね」  直桜にとっても想像以上だった。  流れた霊力が波を落ち着かせて、保輔の霊元が安定し始めた。  その様を、陽人は冷静に眺めていた。 「ふむ。意識を失わなかったのは、偉いね。中には眠ってしまう子もいるんだが。保輔は自我が強いらしい」  とはいえ、目は虚ろだし、ぐったりして見える。  隣に座る護が、ハラハラして見守っているのが分かった。  陽人が、保輔の顎を摑まえて、上向かせた。 「直霊術は桜谷家が一家相伝で受け継ぐ術法だ。保輔は今後、僕の指揮下から外れないようにね。裏切りは許さない。お前は、僕のモノだよ」  虚ろな目のまま、保輔が頷く。  まるで呪いのような言葉はきっと保輔の心の奥深くに届いただろうと、直桜は感じた。

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