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第50話 神々の休息所

「本当に済まぬ。ここまでするつもりはなかったのだ。鬼だから気合を入れねばなと考えただけなのよ」  武御雷神に連れられてきた建御名方神《たけみなかたのかみ》が、直桜に謝罪した。  護は直日神の膝の上ですっかり寝こけていた。  どうやら悪気はなかったらしい。 「建御名方神《みなかた》は相撲にはこだわりが強くてな。大一番で俺に負けたのがトラウマなのよ。許してやってくれ、直桜」  にっかりと笑って肩に腕を回す武御雷神の顔を建御名方神が何とも言えない目で眺めている。 「別に、もういいよ。本人は気にしてない様子だったし。俺がどうこういうことでもないから」  大怪我でも負っていれば別だが、ここは神世だ。そこまでの大惨事にはならない。 「社の中に休息所を作ってあるから、必要なら使ってくれ。今年は神々の数も多く盛り上がりも一際だったので、広めに作ってある。特に個室は静かだから、ゆるりと休めよう」  最後の言葉は力が籠って聞こえた。個室がお勧めなのだろうか。  気まずそうに頭を下げて、建御名方神はおずおずと退散していった。 「今年の英雄を投げ飛ばしたせいで、建御名方神には悪役の札が張られていたぞ。護の話を聞きたがっていた神々もお冠だ」  投げ飛ばされてがっかりされるのではなく、建御名方神の方が悪役になるあたり、護は人気者なんだなと思った。  土地神を悪手から守った鬼神は、神々にとって英雄らしい。 「護も起きなそうだし、休息所で休ませてあげたら? ここにいると、また誰かに狙われるよ」 「狙われる……」  罔象の物騒な言葉を思わず繰り返してしまった。 「なれば、吾が運んでやろう。直桜はどうする? 共に行くか?」  直日神が護を抱えようとする。 「俺が連れて行くから、直日は飲んでていいよ。まだ全然、飲み足りないだろ?」 「いいや、護と一緒に飲んでおったし、神々とも久し振りに楽しく話せた。充分だよ」  言いながら、護を担ぎ上げる。  いつもならもっと宴に興じているイメージだが、今年は護が気掛かりな様子だ。 「俺も行く。武御雷神《みかづち》と罔象と話せたし、縫井にも会えたから、俺も充分。あとは忍を探さないとだな」  宴の盛り上がりに目を向ける。  どうもあの中に忍の姿はなさそうだ。体が大きい四季が一緒の筈だから、すぐにわかるはずなのだが、それらしき姿は見当たらない。 「休息所にいるかもしれんな。ついでに探しに行くとするか」  武御雷神に手を借りながら、直日神が護を背負った。  空いた手で、直桜と手を繋ぐ。 「逸れては面倒だろう。手を繋いで参ろう」 「……うん」  ちょっとだけ恥ずかしくて、目を逸らしてしまった。 「忍って、役行者かね? なれば、こっちで見付けたら声を掛けておくよ。ゆっくりしておいで」  罔象が声を掛けてくれた。  武御雷神と罔象に見送られて、直桜たちは社の休息所に向かった。  社の中に設けられた休息所は、とても広かった。  皆で雑魚寝できる大広間から、仕切りだけのベッドに、建御名方神が推していた個室が幾つか設けてある。  スーパー銭湯の休憩所みたいだなと思った。 「忍、いなそうだね」  むしろ、社までたどり着けたのなら、そのまま帰りそうな気もする。  休息所を使っている神々はまばらで、ほとんどいないと言っていい。皆、宴の方が楽しいし、疲れ知らずなのだろう。 「もしや、直日神様御一行ですかな?」  後ろから声を掛けられて振り返る。  誰もいないと思ったら、足元に猫くらいの大きさの天狗がいた。何故、天狗とわかったかといえば、天狗の面を付けているからだ。まさかコスプレという訳でもないだろうと思う。 「もしや、前鬼か? 以前に会ったことがあるな」  直日神がちらりと後ろを窺う。 「はい、覚えていただけで嬉しく存じます。我が主をお探しではございませぬか?」 「その通りだ。よくわかったな」 「はい、見かけたら必ず呼び止めよとの命でございましたから」  直桜は小さな天狗をじっと見詰めた。 「前鬼も来ているかもって四季が話していたけど、本当に来てたんだね。忍、いや、役行者と会えたんだね」 「はい、本当に久方振りに、何百年振りかの再会でございました。主は滅多に神在月の出雲には来ませんので。ずっと一緒にいると思うと四季の野郎、羨ましい限りです……妬ましい」  天狗の顔に陰ができた。  ドキリとして思わず仰け反ってしまった。 「ずっとっていうか、四季も久しぶりに会った感じだったよ」 「はい、そうですね。でも、これからずっと一緒なのでございましょう。妬ましい、羨ましい。私も忍様と同じ布団で寝たい」  天狗の顔の陰がどんどん黒くなるので、直桜は話題を変えた。 「忍、どこにいるか知ってる? 俺たちも探しているんだけど」 「はい、ご案内いたしますれば。そこな鬼神は、そのままでよろしいので?」  天狗が護に目を向けた。 「そうよな。直桜、忍を探してきてくれるか? 吾は護を個室にでも寝かせておこう」 「わかった。行ってくるね」  直日神に護を任せて、直桜は前鬼の後について歩いた。

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