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 次の日、ようやくと目覚めた鐘崎をまじえて、一同は和やかな茶の時間を楽しんでいた。 「しかし今回は参ったぜ。まさかカネの貞操の確認をする羽目になろうとはな」  周がやれやれと苦笑いでいる。如何な緊急事態とはいえ、友が陵辱されたか、あるいは自ら欲情を剥き出したか――などを事細かに調べることになろうとは想像すらできない特異なことといえる。それは鐘崎の方にも言えることで、医師の鄧浩(デェン ハァオ)は別としても、まさかこの周に痴態をさらけ出す羽目になるなど、それこそ想像したくない出来事といえる。 「すまなかったな、氷川。おめえには目の毒――どころか気色の悪い思いをさせちまった」  鐘崎もタジタジながら何とも言いようのない表情でいる。 「構わん。気色悪いなんざ思っちゃいねえし、おめえとはガキの頃からの付き合いだ。風呂だって何度も一緒に入ったし、マッパも見慣れたもんだ。それにいつか俺も似たような目に遭う可能性だって皆無じゃねえ。そん時はよろしく頼むわ」  おどける周の気遣いが有り難くて、鐘崎も紫月も仲間の存在の大切さをしみじみと感じるのだった。 「それにしても――紫月君の器の大きさには驚かされました」  そう言ったのは医師の鄧浩(デェン ハァオ)だった。 「もちろん、これまでも紫月君が立派な姐さんだということは充分存じていましたがね。まさか例の男に対してあんなふうに向き合われるとは……正直なところ目から鱗でしたよ」  李も清水もまったくその通りだと敬服の面持ちでうなずく。 「ヤダな、皆んなして。今回は遼が無事だったからっつー結果論でああしたけど……甘かったかなって思うとこもあって。もしも取り返しのつかねえことになってたら、冷静じゃいらんなかったって」  紫月は複雑そうに苦笑していたが、確かにあの状況であれほど冷静に犯人といえる男と向き合うなど、誰にでもできることではない。 「まあ、もしも逆で、一之宮があんな目に遭ってたとしたら――カネが同じ対応をできたとは思えんな」  周は逆でなくて本当に幸いだったと肩をすくめる。確かにその通りだろう。 「氷川の言う通りだ。俺だったらてめえを見失っていただろうな」  仮に実害は無くとも紫月が同じ目に遭わされたとすれば、怒りが先に立ち、ともすれば相手の男をあの世送りギリギリまで追い詰めていたとて不思議はない。そんなふうに言いたげな亭主に、紫月は「まあまあ」と宥めては大らかに笑った。 「ま、おめえを好きになった戸江田さんの気持ちはさ、俺にもよく分かるから。あんな犯罪めいたことまでするくれえ思い詰めてたんだって考えたら――その気持ちを詰る気になれなかったっつうか……」  お前を好きになるって気持ちは俺が一番よく知ってる。恋の苦しさも、打ち明けられない勇気の無さも痛いほど分かる。だから無碍にもできなかったんだという紫月の気持ちがありありと伝わってきてか、鐘崎はすまなさそうにそっと愛しいその肩を抱き寄せた。  お前は本当に大きな心を持っていて、俺には逆立ちしたって真似のできない器で包み込んでくれる。まるで純白の羽で大空を駆け巡り、暗雲さえも雷鳴さえも払いのける天使のようだ。  紫月の尊いともいえる大いなる愛情が身に染みる。  自分ならば相手に悪意があろうが無かろうが、例えそこに真剣な想いがあったとしても、周の言うようにただただ逆上して相手をぶちのめしていたことだろう。それもひとつの愛の形であるには間違いないが、紫月の――犯罪者ともいえる人間のすべてを包み込んで自ら更生させてしまう器の大きさには誠言葉にならないほどの尊敬の気持ちでいっぱいになる。  心を折るという言葉があるが、相手を詰ったり恨んだりする前に、嘘偽りのない心をさらけ出して真正面からぶつかってみる。それはきっと憎しみをぶつけるよりも、殴って物理的に痛い目を見せるよりも、はるかに深くて重いことなのかも知れない。憑き物を落とされたように相手も自らの愚かさに気付き、到底生まれるはずのないと思われていた信頼や友情に変えてしまう。  そんな伴侶を持てた幸せを噛み締めながら、と同時に周や李、清水や鄧といった頼れる仲間たちに囲まれていられることの尊さにも感謝の気持ちでいっぱいになった鐘崎であった。  愛する者と頼れる仲間、そんな彼らと共にこれからも生きていこう。どんな災難に見舞われようと、とびきり嬉しい時間が訪れようと、苦も楽もすべてを分かち合える互いが側に在れば恐れるものなど何もない。笑い声に包まれながら、誰もが同じ思いに自らの幸せを噛み締める――そんな午後のひと時だった。

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