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その夜、ホテルの部屋に戻った鐘崎と紫月は、夫婦水入らずで風呂上がりの一杯を傾けていた。
「飛行機、明日の夕方だよな。これ飲んだら荷物まとめるべ」
洗濯物や土産の品などを仕分けしてスーツケースに詰めるのは姐――もとい嫁たる紫月の役目だ。そんな彼を見つめながら、鐘崎は静かにグラスの酒をひと口含んだ。
「紫月――すまなかったな。心配をかけた」
「ん? いや、それを言うなら俺ン方だ。さっきは皆んなにも――上手く向き合ったなんて言ってもらえたけどさ。実際、お前が無事で……寝息立ててるの確認できた時は膝が笑っちまって、しばらく震えが治んなかったわ」
まあそれで当然だろう。全裸で横たわっている姿などを目にすれば、一瞬殺されてしまったかも知れないと思ったとて無理はない。紫月にとっては全裸でベッドの上にいるという状況が、浮気や情事などではなく、殺害の方を思い浮かべてしまう景観だったのだ。
「一瞬、血が出てねえかとかさ、刺されてねえかってそっちの方が過ぎって心臓バクついたべ。けど刺し傷とかは見当たらなくて、血も出てねえしホッとした。おめえにゃ気の毒なことだったに違いねえが、とにかく生きて――息しててくれただけで身体の力が抜けた……。安心してさ」
「紫月――」
鐘崎はグラスを置くと、対面のソファに座り直して愛しい者の肩をそっと抱き寄せた。
「すまなかった。心配かけたな」
「ううん……。俺ン方こそ……配慮が足りなかったって」
いくら長い付き合いのある社長と職人との打ち合わせとはいえ、お付きの一人もつけずに鐘崎を単独で別荘に向かわせたことが悔やまれてならない。
「あの後、清水の剛ちゃんもえらく悔やんでたわ。今後は若頭一人でどっかに行かせるようなことはぜってえしねえって」
幹部の清水にしても痛恨の思いだったろう。いくら秘密裏の打ち合わせだとはいえ、運転手としてだけでもいいからお供をすれば良かったと深く反省していたそうだ。
「けど良かった、無事で――」
「ああ――。俺も配慮が足りなかった。原石を手渡すだけと思ったし、わざわざ清水を煩わせる必要もねえと思ってな」
確かに甘く考えていたことは否めないと言って、鐘崎もまた反省の境地でいたようだ。
「さっき――氷川から昨夜のことを聞いてな。おめえが戸江田を正面から受け止めて、あいつの悩みまで根気よく聞いてやってたって」
「いやぁ、そんな大したことしたわじゃねって。ただあの人がもがいて苦しい思いから抜け出せねえでいるようだったから。せめて言いたいこと全部吐き出せてやりゃあ、ちっとは気持ちが軽くなるかなって思ってな」
「それだけじゃねえ。おめえが――俺と一緒になる前に抱えてた思いのことも聞いてな。俺はすごく――信じらんねえくれえ嬉しくて有り難くて堪らなくてな。けど――俺も同じ思いでいたってことを伝えておきてえと思ったんだ」
「遼……」
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