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男はガタガタと怒りに身を震わせながら怒り上げた。――が、その直後、怒号にも勝る周の厳しいひと言が室内に響き渡った。
「甘えるのも大概にしねえか!」
その迫力に男は一瞬ビクリと縮み上がり、部屋の隅で起爆スイッチを手にした連中も同様だったようだ。誰もが硬直したように顔色を蒼くして緊張状態でいる。
彼らにとって周は、まがりなりにもファミリーのトップといえる存在だ。香港の地でも同様だが、彼らのような立場の者たちが如何に直下といえどもトップの周らと顔を合わせられることなど稀といえる。ゆえに本物であるその器をこうして間近に拝むこと自体が初めてだったわけだ。
自分たちはとんでもなく畏れ多いことをしでかしているのではないか――今頃になってそう気付き始めたとでもいうように、誰もがカタカタと身を震わせ、落ち着きのなく視線を泳がせては互いをチラ見している。
構わずに周は続けた。
「とにかく――だ。お前さんらの目的は分かった。――が、腑に落ちんのは俺を狙った理由だ。さすがに香港の親父や兄貴には手が出せない。だから狙いやすい俺を選んだってわけか?」
まさに図星なのだろう。男は「グッ」と小さな唸りを呑み込んでは反論の言葉も上手くは口に出ないようだ。
「まあいい。俺を狙った理由は訊かん。問題は目的の方だ。俺を拘束し、冰を人質に取ってまで何がしたい。まさかこの俺にお前さんに代わって当時庚予 を裏切った相手を成敗させるつもりだったか? それともこの俺から香港の親父と兄貴に口添えしてくれとでも?」
「違……う。今更そんなことを望んでるわけじゃない」
「だったら何が目的だ。言っておくが俺はともかく、冰は当時まだ五歳かそこらで堅気のガキだったぞ。そんな彼を怖い目に遭わせてまで何がしてえ」
「…………」
男はしばし黙り込んでいたが、思い切ったように顔を上げると取り上げた周のスマートフォンを差し出しながら驚くようなことを言ってのけた。
「電話を……かけろ」
「電話? 誰にだ」
「あんたの……親友って言われてるヤツだ。鐘崎 組の若頭、鐘崎遼二 ……」
「鐘崎遼二 だ? それこそ当時の事件とは何の関係もねえ人間だ」
「親父の件とは別だ! あんたの連れ合いは今、ウチの連中が拉致してあんたの社が持っている埠頭の倉庫に向かってる。だから鐘崎遼二 に電話をして……あんたの連れ合いを助けて欲しいって、そう言え」
「冰を? なぜヤツに助けさせねばならん」
「親友……なんだろ? 鐘崎遼二 はあんたが一番信頼してるヤツだと聞いた。あんたがこの日本に来てからも……いろんな事件に遭った際、常に鐘崎遼二 が力になって解決に導いてきたって話は有名だ。だから今回もあんたの大事な連れ合いをヤツに助け出してくれるよう頼めと言ってるんだ!」
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