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なぜ男がそんなことを言い出したのか――周はしばし考えていた。
と、ある結論が脳裏に浮かぶ。
「――なるほど。つまりはこういうことか。鐘崎 に冰 を助け出すよう頼んで、ヤツが失敗するところを見てえってことか?」
「……クッ」
まさに図星だったようだ。
「当たりか。だが、例えヤツが助けに向かったところで冰 は簡単に救い出せねえ――そういうことだな?」
「は! 恐れ入ったね。何でもかんでもあんたにはお見通しってわけか……! ああ、そうさ! その通りだよ! あんたの連れ合いには爆弾が仕掛けられてる。いかに有能な鐘崎 だろうが、そう簡単には救い出せねえ手筈を考えてある! 加えてこの悪天候だ。まあ――こういう天気の日を待ってたってのもあるけどな」
「こういう天気を待ってただと?」
「ふん! そいつぁ後になれば分かる。とにかくだ。あんたの信頼する鐘崎 は……最初の内は懸命に助けようとするだろうが、終いにゃてめえの命の方が大事になってあんたの連れ合いを見捨てるだろう。その時になってあんたは初めて十六年前の俺の気持ちが理解できるだろうさ。信じていた仲間に裏切られて……大事な肉親を失った俺の気持ちがな……ッ!」
男はスマートフォンを突きつけては、鐘崎遼二 に助けを要請しろと怒鳴り上げた。
つまり、当時の自分と同じ状況を作り上げて、長い間辛酸を舐めたその思いを周にも分かって欲しいということだ。周や鐘崎がそんな状況に陥れば、香港の父や兄ももしかしたら十六年前のことについて調べ直すなりして、腰を上げてくれるかも知れない。男はそう思っているのだろう。浅はかなことと思いつつも、現実的に冰 が爆弾を括り付けられて拉致されているのは確かだ。それを助けに行かせれば、今度は鐘崎に危険を課すことになるのも事実といえる。どちらにせよ苦しい状況であることに違いはなくも、周はひとまず男の要求を聞き入れるしかなかった。
「分かった――。ではお前さんの言う通り鐘崎に助けを要請しよう。だがな、俺だったらこんな回りくどいことをせずとも、親父さんを裏切った張本人をてめえの手でぶちのめすなりして決着をつけるがな」
「う、うるせえ……ッ! つべこべ言ってねえで……早く電話しねえか! 言っておくが、鐘崎には間違っても連れ合いが人質にされているなんて言うなよ。そうだな、あんたは手が離せない仕事を抱えてることにして、この嵐で倉庫から帰って来られなくなった連れ合いを迎えに行ってくれとでも言ってもらおうか。何も知らない鐘崎は――何の準備もなく現地へ駆け付けて……初めて嵌められたことに気付く。そうすりゃ多かれ少なかれあんたのことも恨みに思うだろうさ!」
男は勝ち誇ったようにしてスマートフォンを投げつけてよこした。
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