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「乱暴な扱いをするな。スマフォが壊れちゃ電話もできんだろうが」
周の落ち着き払った態度に再び唇を噛み締めながらも、男は早くしろと催促する。ゆっくりと周は通話ボタンを押した。
ツーコールで相手が出た。
『周焔 か――』
そのひと言で既に鐘崎 らが動き出してくれていることを理解した。おそらくは数々の事件をきっかけに互いの位置が分かるようにと新設した電光掲示板でスマートフォンのGPSが消えたことに気付いてくれたのだろう。
周は男の希望通り、冰 を救い出してくれとは言わずに鐘崎 を埠頭の倉庫に向かわせるよう適当な話をでっち上げて伝える。むろんのこと、鐘崎にもその内容が真っ赤な嘘であることは承知だろう。周もまた『カネ』とは呼ばずに、敢えて『鐘崎』と呼び掛けた。たった短いそのひと言で鐘崎は相応の罠が待っていると察知するはずだからだ。
「すまんな、鐘崎――」
通話を終えて周は静かにスマートフォンをテーブルの上に戻した。そして男へとそれを差し出す。
「ほら。どうせ電源を落とすんだろうが」
「……チッ! 余計なことを言うな!」
「鐘崎が現場に着いて、それが罠だと知ればヤツは必ず自分のところの組員に応援を要請する。鐘崎組では真っ先に俺の位置情報を確認するだろう。彼らならば冰 が捉えられている現場にはもちろんのこと、俺の元へも救援を送る。その際、俺の居場所が分かればお前さんにとっちゃ都合が悪かろうからな」
周には何もかも見透かされている。男は舌打ちたい気持ちを必死に堪えているようだが、実際は今言われた周の言葉こそがその上をいく罠なのだということには気がついていないようだ。
男は既に鐘崎らが周の居場所も、加えて冰が拉致されたことも知って動き出しているなどとは夢にも思っていなかったわけだ。
また、部屋の隅で爆弾のスイッチを手にしている男の仲間においては、既にこの企てはすべきではなかったと、後悔の色が全身から滲み出ていることも見逃す周ではない。彼らからスイッチを取り上げ、まずは何を置いてもこのホテルで爆破などを起こさせないようにせねばならない。爆破の懸念さえなくなれば、目の前の男が手にしている銃を奪うなど朝飯前だ。彼らを封じれば自分が冰と鐘崎のいる現場へ向かうことも叶うからだ。
周はなんとかしてその一瞬の機会を見逃すまいと神経を研ぎ澄ますのだった。
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